Tokyo Short Sight - notes

Tokyo Short Sight's past notes [ #151.....#200 ]

#151 - 03/07/2006 [Tue] 22:18

ヤンチャボーイとわたくし

会社の帰り 地下鉄溜池山王駅のホームにたどり着いたとき、ちょうど銀座線の電車もホームに滑り込んだところだった。
僕は ほくそ笑みながらもやや急ぎ足で電車に乗り込み、空いていたシートを見つけるや否や腰を下ろした。そのときは空いているシートのみしか見ていなかったので、周りの状況など気にしていなかった。

シートに腰掛け、ひと息つくと同時に周りを見渡す。
ちょうど向かいに、絵に描いたようなヤンチャボーイを発見。自らの悪そうなイメージを棚に上げて「悪そうなヤツはだいたい友達」と 言い出しそうなボーイである。

ふんぞり返って座っているヤンチャボーイ。他の乗客たちもやや迷惑そう。
「あ〜、東京都港区の直下を走っている銀座線の車内で 足立区っぽいヤンチャボーイに遭遇するとはな…運命なのか…」と思いつつ、そのヤンチャボーイを見るでもなく その向こうの窓あたりをボーっと見ていた。

すると、奇蹟的に ヤンチャボーイと僕の視線がクロッシング。目が合ってしまった。
ヤンチャボーイはそのグラサンの奥から僕に向けて、熱いまなざしを返してきた。いわゆる、「ガンをつけられた」状態である。
反射的に もやしっ子ならではのリアクション、「目をそらす」行為をとった僕。僕には勇気もチカラもないうえ カネもない。ドラクエでいう「おおなめくじ」レベルである。

とりあえず下を向いて身を硬くし、僕は眠りの体勢に入った。自らにラリホーである。戦闘を放棄。

やがて電車は新橋駅に停まり、乗客の大半は降りていった。
そのことを音や雰囲気で察知した僕は、カオを上げた。ヤンチャボーイも降りていっただろうか。僕はその位置をチラリと目視した。

ヤンチャボーイが座っていたところに もうその姿はなく、代わりに50円玉が1枚 たたずんでいた。

まさかの硬貨オチ。こんな『まんが日本昔ばなし』のような結末が 待っているとは。

#152 - 03/09/2006 [Thu] 21:59

3月9日と対峙する

今日は3月9日だが、3月9日といえば レミオロメンの『3月9日』である。

この曲は大変にすばらしいもので、彼ら(レミオロメンの人たち)の共通の友人の結婚式に贈ったものだそうだ。
もし自分がこのような曲を贈ってもらえたら、たぶん嬉しすぎて そのまま卒倒し、結婚式が一瞬にして告別式になってしまうことだろう。ご祝儀がお香典に、奇蹟の大転換である。

瞳を閉じれば あなたが
まぶたのうらに いることで
どれほど強くなれたでしょう
あなたにとって私も そうでありたい

これは『3月9日』の歌詞の一部を引用したものだ。いわゆるサビの部分で、僕もよく この部分を口ずさんだり 鼻ずさんだりする。
口ずさんでは「うんうん、いい曲だなぁ」と思うのだが、この一節のラストに 高いハードルがあるのだ。

あなたにとっても〜」の部分を どうしても「にとってあなたも〜」と口ずさんでしまうのだ。
そして、歌詞が違うことに気づいてもしばらく悩む。「あなたにとって私も? あなたにとって…私も…? そ そうでありたい? 私にとって…あなたにとって私も…?」。
声に出せば出すほど、意味が解らなくなってくる。同じ漢字を何度も書いているうちに その漢字が見たこともない図形に見えてくるのと同じような現象だ。

何ということだろうか。僕には名曲を覚えて歌うだけのアタマもないのだろうか。
ちょっと この歌詞は難しい。いや、レミオロメンの想いは確かに僕に伝わっているし、もちろん 世間一般にも過不足なく浸透しているハズだ。ちっとも難解さは ない。

三田村23歳。こうして カンタンな日本語と対峙する日々である。

#153 - 03/15/2006 [Wed] 01:44

トビラに翻弄される人生という意味では、ドラクエの勇者たちと同じだ

会社から帰る途中、地下鉄車内のこと。やや疲れた僕のカラダを 車内アナウンスが貫く。

「はい、死ぬまでトビラにご注意ください!」

確かに 僕は小さいころ、よくトビラにユビを挟んでは 痛く悔しい思いをしていた。
赤く変色した指先を見ては よく注意していればヨカッタと、自省の念に駆られていたのである。

小学6年生のころにいたっては どういう仕掛けでそうなったのかよく解らないが、教室のトビラを閉めるときに そのトビラに自らの股間を強打したことがあった。そのトビラは小学校の教室に一般的な、横に滑らせて開閉させるスタイルのものであった。
いま考えても理不尽なその痛みに、それも強烈な痛みに、やりきれない思いで 心は満たされていた。注意してトビラを閉めればヨカッタだけの話である。

また、友人(コダマ君)の大学の文化祭に行ったとき、トビラを開けた反動で放屁してしまったこともあった。
この話は以前 書いた気もするが、友人(コダマ君)の大学の文化祭で腹痛に見舞われた僕は、別の友人(フクダ君)とともにトイレットに向かったのである。僕は先陣を切ってトビラを押し開けトイレットに入ったのだが、トビラのすぐ向こうに人がいたのに驚いたのと トビラの重みが相まって、思わず笛(*1)を吹いてしまったのだ。
「わっ」「Boo!」
このときも 注意してトビラを開けていれば、放屁という大惨事は まぬがれたのかも解らない。

「死ぬまでトビラにご注意ください」。
これはまさしく、僕にとっての最大の標語となるべき言葉である。座右の銘ともなろうか。

ああ! 「閉まるトビラにご注意ください」を聞き間違えたんだよ! なんだよ、疲れてるんだよ! オダブツだぜ!(次回への布石)

#154 - 03/16/2006 [Thu] 21:18

氷の上に立つような人生

アニメの『名探偵コナン』を観ていた。

僕が会社から帰宅してテレビを観たら『名探偵コナン』が放映されたいたところで、物語も終盤に差し掛かり、なんか映画館のような建物が爆破されていた。
爆発に巻き込まれる ランねえちゃん。それをコナン君が助けに行く、という展開だった。

コナン君はシンイチの声でランねえちゃんとデンワで会話し、閉ざされたトビラの向こうのランねえちゃんの状態を知る。
ランねえちゃんはもうひとつ時限爆弾を発見し、その爆弾の回線図を手に入れているコナン君がデンワでナビゲートして爆弾の解体を図る、という流れになってきた。
爆弾に張り巡らされたコードを、ランねえちゃんがなぜか持っていたソーイングセット内のハサミで 切断する。

この時点で 展開がやや強引ではあるが、この直後のコナン君(シンイチの声)の発言に 僕は大きく驚いた。

「いいか、(切る順番を)間違えたら オダブツだぜ…」
記憶が曖昧なので 上記の発言の正確性は微妙なところだが、「オダブツだぜ」は確かである。

この状況下で「オダブツだぜ」は ないだろう。なんでちょっと 面白くする必要があるのか。
仮に「死ぬぜ」という言葉を放送倫理上 禁じられていたとしても、「ヤバイぜ」とかで いいだろう。「オダブツだぜ」は 若干の笑いの要素を含有していると思う。果たしてランねえちゃんは どう思ったのだろうか。

話を戻す。
やがて 最後のコードを切断し 一件落着。そう思っていたところなのだが、当然のように時限爆弾のタイマーは止まらない。驚愕するランねえちゃん。焦燥を隠し切れないコナン君(シンイチの声)。
なんと、回路図には載っていない青と赤のコードが爆弾には隠されていたのだ。片方を切断すればタイマーは止まり、もう片方は俗に言う オダブツだぜ。

そしてここでも、コナン君(シンイチの声)の発言に耳を疑わずにはいられなかった。
「片方は ブービートラップだ!」

そこも「片方は ワナだ!」でいいだろう。放送倫理上 問題もない。
なかなかその状況下で「ブービートラップ」という言葉は出てこないと思うし、やはり若干の笑いの要素を含んでいる。果たしてランねえちゃんは どう思ったのだろうか。
また、この瞬間「ブービートラップ = オダブツ」という公式が はじき出されたことも追記しておく。

というワケで、この日 放映されていた『名探偵コナン 時計じかけの摩天楼』の DVD を TSUTAYA でレンタルし、もう一度 鑑賞しようということになった。
結局 プロモーションに乗せられたのである。見た目はオトナ、頭脳は三歳児とは よく言ったものだ。

#155 - 03/28/2006 [Tue] 00:40

50円玉

会社にある自販機の飲み物の価格は、一部を除いてすべて100円である。そのため、その自販機については 100円の商品しか販売していないこともある。
その朝は 僕のサイフに50円玉が2枚入っていたので、それで100円の商品しか販売されていない自販機で飲み物を購入した。

ここで、投入された50円玉の立場で その後を考えてみよう。

商品と引き換えに 暗い自販機内に蓄積されていく硬貨たち。マジョリティは100円玉である。
圧倒的なマジョリティに埋没する 50円玉の肩身の狭さ。さらに言ってしまえば、10円玉なんてかなしみの塊である。何かの間違いとしか思えない。

そこに 千円札がやってきた。まるで恩赦である。人民解放の瞬間が訪れた。
幽閉されていた100円玉たちが 再びお天道さまのもとへと駆け出す。500円玉を筆頭に、100円玉もいくつかが希望と不安を胸に この牢獄を巣立っていった。

そう、それを何度も繰り返し、100円玉のほぼすべてが解放されない限り、50円玉および10円玉に 光があたることはないのだ。それは 革命的なこと。
10円玉に関しては この牢獄に放り込まれた瞬間に 未来への希望を絶っていると思われるのだが、50円玉は 若干 そんな革命を期待していそうでなんとなくタチが悪い。

千円札の投入に ほのかな期待をもつ50円玉。だが、キミに解放の出番は回ってこないのだよ。
やがて 自販機メンテナンスの兄ちゃんに回収されるのが関の山。暗い箱から なんかヘンな袋に入れられる未来が 確実なところである。

50円玉を2枚投入して、そんなことを考えた始業前の僕。
アレ、50円玉って もしかして僕のことじゃないか。

#156 - 04/02/2006 [Sun] 23:57

怒れるカモ

恩賜上野動物園に行ってきた。

園内には寺院(東照宮か何か)の建築物もあり、その近くにはカモが ほぼ放し飼いの状態でいた。それなので、順路の道端でカモが寝ていたりするのだ。
僕らもカモが茂みに隠れて眠っているのを発見して 駆け寄った。カモはそのクチバシを冷やさないようにするためか、毛で覆われたカラダにクチバシをうずめて 眠っていた。

あまりに大人しく眠っていたので 彼女が手を伸ばし、カモのアタマをなでた。するとカモは目を覚まし、かったるそうにこちらを見た。
それでも彼女はカモのアタマをなでることをやめずにいた。だんだん カモのキゲンが悪くなってきたことが、手に取るようにわかる。まさに 怒り心頭である。
そして。

「シャー!」。

ネコや小動物が敵を威嚇するとき、カラダをふるわせ「シャー!」と言うだろう。カモも同じだったのだ。
クチを大きく開け、「シャー!」。僕はやや ひるんだ。彼女も手を引っ込めた。カモは目的を達成し、再びクチバシをカラダにうずめ、眠り始めた。
カモも「シャー」って 怒るんだ。いや カモに怒られる人間もいるんだ。いろいろな「初めて」が大挙として僕を包み込み、とにかく僕は笑ってしまった。

こうして彼女はまたひとつ伝説を刻み、大人になった僕は 動物園での学ぶことの多さに感動した。

#157 - 04/03/2006 [Mon] 20:18

いちおうシステムエンジニアやってます。

会社のトイレット(個人ブース)を使用するとき ウォシュレットの水勢が最強になっていることがあるので、気をつけたほうがいい。

先日もそうだった。
ひと仕事終え、さあおカネになる方の仕事をしに職場に戻るかと「おしり」のボタンを押した瞬間、ものすごいプレッシャーが我が爆心地(*1)を強襲したのだ。
あわてて水を止め、ツマミを見ると水勢が最強ではないか。また やられた。

疼痛のする爆心地を かばいながら、最強を示すそのツマミと対峙する。
僕の前にウォシュレットを使用した輩の意図する部分は なんなのか。最強の水勢でシリをキメたのか。それとも 通常の水勢で爆心地を浄化したのち、後続の使用者をワナにはめるため 故意にツマミを最強へとひねったのか。
どちらにせよ、社会人としてあるまじき行為。厳重な処罰を受けるべきである。

ときには、冬の寒い中であるというのに 水勢は最強でかつ 水温が最低(つまり水道水そのままの温度)だったこともあった。
爆心地を容赦なく冷たい水が これまた容赦ない勢いで刺激する。気をゆるしたスキに 新しい世界が見えてしまうではないか。

そうは思いたくないが、僕の前にウォシュレットを使用した輩は 新しい世界を見るためにそうしたのかも解らない。
そして、ツマミをそのままにしておくことで 無差別にアナル・クラッシュを体験させ、その仲間を増やしたかったのかも解らない。

さすがに IT業界である。頭脳プレーに恐怖することも多い。

(*1) 爆心地…包み隠さず言えば、肛門のこと。

#158 - 04/04/2006 [Tue] 23:38

「山椒は小粒でもピリリと辛い」の極意

駅から会社まで歩く道の途中、スタイルのよい女性に追い越された。

そういったことはまったく特筆すべきことではなく、日常に埋もれてしまう なんでもないこと。
だが、こうして書き記すまでに至ったオプションが、その女性にはあった。

すらりと伸びた長い脚の裏側に 糸くずがついていたのである。

“糸くず”なんて言葉では形容できないような、かなり長い糸くず。いや、もう“糸くず”というより“糸”であった。
長さにして 15cm くらいはあったと思われるその白い糸は 黒いパンツに燦然と輝き、僕の注意をかなりひいていた。

明らかに裁縫道具に入っていた糸の切れ端であろう その糸くずをパンツにつけたまま出社(外出)する状況を察するに、あまりこの女性の家は片付けられていないのではないだろうか。
「スタイルのよいオサレな女性なのに、部屋は汚いのかな…」。無意味な憶測が 僕の中を飛び交う。本当にどうでもいい懸念である。

糸くずがパンツから振り落とされてしまえば スッキリする部分もあるのだが、なかなかどうして 糸くずもパンツにくっついたままだ。必死さが如実に現れている。
脚の裏側であるがゆえ、その女性もこの先 糸くずの存在に気づくことは ほぼないだろう。何らかの物理的な接触による糸くずの落下がない限り、この女性の後ろを歩く人は「あっ…」と 思い続けるのである。
そして糸くずは、僕のようなアタマのおかしい感じの思考回路の持ち主の 懸念材料となりうるのだ。

ふと、我が身を振り返る。
そういえば先日、外出先でズボン中央部にあるセクシー小窓が全開であることに気づいたのだが、どういうワケか「別にいいや」と思い、帰宅してズボンをはきかえるまでそのまま(全壊)の状態であった。この温度差は何なんだ。

#159 - 04/05/2006 [Wed] 21:12

10年

小学6年生のとき、「将来は公認会計士になる」と夢を語っている女子がいた。

小学6年生といえど、まだコドモである。夢はもう少し抽象的であってもよい。
僕はそのころ、ゲームデザイナーになるのが夢だった。他の友人たちも「獣医さんがいい。動物がスキだから」「サッカー選手になりたい。サッカーして生きていけるから(?)」などと言っていた。

そこに一石を投じる発言、「将来は公認会計士になる」。公に認められた存在である。
そんな未来の願望を聞いた僕は、「なれるといいね」と言いながらも それが何をする人なのか解らなかった。なんだ、計算をする人なのか。

それから10年を超える月日が流れ、僕はゲームデザイナーではなく システムエンジニアという名のプログラマーになった。
作っているのは コドモたちを楽しませるゲームではなく、信託銀行向けの年金制度業務のシステムである。改めて書くと、ものすごく堅固な現実に打ちのめされそうになる。

10年超を経て、公認会計士への憧れを語っていた女子がいま、夢を叶えることができているかどうかは解らない。
ただひとつ 事実を述べるならば、僕の公認会計士への理解が 10年超を経てもまったく変わっていない ということだ。結局 何をする人なのか解らない。計算をする人なのか。

#160 - 04/06/2006 [Thu] 22:56

竹中直人みたいになりたい

朝日新聞誌上

解りづらくて申し訳ないが、添付の画像は朝日新聞の朝刊 天気予報が載っているあたりである。
このエリア、竹中直人氏の写真が 天気予報を解説しているように見えて やや面白い。

ものすごく誇らしげなカオをして 今日の天気を解説する竹中直人氏。もしかしたら あの「笑いながら怒る人」の芸を披露しているかも解らない。
だが、解説内容は「雲の多い天気」「雨の一日」「昼ごろまで雨」と どちらかというと散々である。表情とのアンマッチも 秀逸だ。

そして氏の頭上には「モビット」の文字。全体を一見すると 意味が解らない。

狙っているのか天然なのか解らないが、とりあえず朝日新聞の当該エリアには笑わせていただいた。ありがたいことだ。

#161 - 04/07/2006 [Fri] 23:55

更新できるときにまとめて書くようにしたので、良かったらログも見てくださいね

まったくその走りに感動は覚えないが、やはり乗り物としての自転車はすごい。

地面に接する面が広ければ広い多いほど、その物体は安定性が増すと思われる。
だが自転車は、その概念を 極限まで突き放しているように思う。細めの車輪2点が、地面に接しているだけなのだ。

さらにいえば 一輪車はその半分の接地面積となっているが、普及率や安定性から考えても 自転車の方が優れているだろう。
既成概念を打ち破っていて、その上 自由度の高いこの乗り物の発明は 絶賛されるべきである。

しかし、車輪ふたつで乗り物としての成立を見出そうとした冒険は、やや強引であるとも言える。
巨大な翼をつけて空を飛ばせようとした飛行機の考え方や、超伝導体の技術を利用し 地面との摩擦をなくして超高速を実現させたリニアモーターカーの存在より 解らない部分も多い。乗り物を開発するキッカケや段階が それらより不明瞭であるからだ。
一般的な意見として、車輪ふたつの自転車より 車輪4つのクルマの方が接地面も多く 安全だ。なぜ、乗り物として不安定な自転車を あえて開発する経緯に至ったのか。

そういう意味では、車輪ふたつで乗り物としてどうにかしようと最初に自転車を発明した人は、やや アタマがアレだったのかも解らない。

さて、21世紀の日本を見渡すと いまだに自転車の地位は強固なものである。これほど手軽でエコロジーな乗り物を 手放すワケにはいかないだろう。
後世に根付くエポックメイキングは、やや アタマがアレな人でないと不可能なのかも解らない。

#162 - 04/08/2006 [Sat] 17:35

伝統工芸

地元・足立区のイトーヨーカドーに行った。
ココの1階には催し物コーナーがあり、よく「アイデア雑貨特集」などが展開されていて 洗濯機内の糸くずが異様に取れるようなグッズなどが併売されていた。

その日はそのエリアで 高級な家具類が大量に展示販売されていた。
ダイニングセットが 僕の給料のオーバー3か月分を示す値段で売られていて、「足立区でこんなの買う人いるのかな」などと言いながら そのイスの滑りを確かめていた。さすがに高級家具だけあって、イスの滑りも良かった。
展示されている家具の中には 古びた洋館などに飾られていそうな巨大な振り子時計もあり、「21世紀になっても こういうものを作る職人がいるんだね」などと話していた。こういった 伝統工芸のようなニオイのする家具類は、大事にしていきたいものだ。

ひとしきり見て回ってから そのコーナーのお題目が書かれたのぼりに気づいたのだが、それには驚きを隠せなかった。

「刑務所作業品即売会」

なんだろう、このやるせなくもあり、「足立区だからか…」と納得するようでもある、複雑な気持ちは。

#163 - 04/09/2006 [Sun] 21:53

懺悔系更新

僕は急いで 電車に乗ろうとしてた。ちょうど改札階に向かうエレベーターが来ていたので、それに飛び乗った。
ドアがゆっくり閉まるのも もどかしく、僕は「閉」のボタンを押しっぱなしにしていた。急いでいたのだ、「閉」のボタンの位置をしっかり確認するほうが 不可解だろう。

やがてエレベーターは 改札階に着いた。
「閉」のボタンから手を離し、「開」のボタンを押そうとした。そこで初めて気がついた。

今まで押していたのは、「閉」のボタンではなく 「非常」のボタンであったのだ。非常の場合押し続けることによって、外部との連絡が出来るあのボタンである。
大変びっくりしたが、幸いなことに外部との連絡は出来ていないようだ。とりあえず 僕は改札に急ぐため、エレベーターを後にする。

だが、エレベーターから出たか出ないかで聞こえたのは、スピーカーからの「どうしましたか! 大丈夫ですか!」の声。どうやら外部との連絡が いま成立したようだ。

とりあえず僕は、走って逃げた。あのときは 本当にすみませんでした。

#164 - 04/10/2006 [Mon] 19:54

ファナティック(亀)クライシス

高校3年のときのクラス文集を見ては 頭皮に思いを馳せ、胃が痛くなる。

クラス文集の巻末には、クラスメイトへのアンケート結果が載っている。
こういうアンケート結果には、だいたいクラスのメジャーなメンツ、端的に言えばお調子者軍団が名を連ねるものだ。この文集でも例に違わず、クラスのメジャーなメンツが名を連ねているのだ。

僕はもちろん クラスのマイナーな方にカテゴライズされていたので、こういうところに名を連ねるハズがない。そう思っていた。
だが、「夜 公園で鉄棒していそうな人」という意図の解らない問いのトップに、メジャーなメンツの中のひとりと僕は 同じ票数を獲得し、トップの座に君臨していた。

問いの意図も解らなければ、トップに躍り出た理由も解らない。
強いて理由を挙げるなら、毎日のように授業中に「先生(宣誓)、おなか痛いんでトイレ行ってきます」と周囲に虚弱ぶりをアッピールしていたので、その現状を打破すべく 鉄棒で鍛えているのでは… という憶測が 周囲にあったのかも解らない。
どのみち、残念ながら 僕は鉄棒で「前まわり」が出来るかどうか、というレベルであったので、憶測に対する答えは No であった。

そんな、意図の解らないような 当たり障りのないランキングに名前が登場するのは まだいいが、「いちばん早くハゲそうな人」の 3位にねじ込まれるようにランクインしていたのは、やや気が気でない。

ゲーハーランク、同率ながらも第3位というのは、男にとってかなりのクライシスである。しかも、マイナーなクラスメイトであったハズの僕がランクインしているというクライシス。見る人が見ると、僕のアタマはかなりキていたのか。
ちなみにランキングの内訳は、1位が ややフケ顔の男子生徒であり、2位は 担任の先生。同率3位のメンツは、金髪・ややフケ顔・僕、である。何というか、フィールドに違いがある。ランクインしている他の生徒はみな、「ハゲそうだね」と思われるべき一般的な理由がある。やはり僕は、見る人が見ると ゲーハー予備軍認定だったのか…。

高校を卒業してから5年が経った。2006年現在、僕の頭皮はいまだ現役で 髪の量の多さに悩むほどである。
いつかは来るであろうクライシスよ、あと30年くらい待ってくれないだろうか。

#165 - 04/11/2006 [Tue] 23:22

最近こういうことが多い

会社から帰ってきたら、彼女が熱を出して寝込んでいた。

どうやら38℃を超える熱を出しているようなので、おでこに貼るタイプの熱さましを冷蔵庫から出して 貼ってあげた。
しかし それが最後の1枚だったので、近所のドラッグストアまで買いに行くことにし、ついでに夕食を調達することにした。

買い物に行くまでの道中は、「『超大盛・ペヤングソースやきそば』を、わざわざドン・キホーテまで出向いて買うかどうか」という自問自答でアタマがいっぱいであった。
『超大盛・ペヤングソースやきそば』はすでに家にストックがあるので わざわざドン・キホーテまで出向いて 買う必要はなかったのだが、もし この先おなかが空いて食べてしまった場合、そのストックがなくなってしまう。それは出来れば避けたい。
何度も自問自答を繰り返し、考えすぎて若干 気持ち悪くなってきたところで「別に 雨が降っている今宵に わざわざドン・キホーテまで出向いて 買いに行かなくても良いのではないか」という結論に達し、ドン・キホーテには出向かずに帰宅した。

いま思えば、『超大盛・ペヤングソースやきそば』に異様なまでに心を奪われていたことが、諸悪の根源であったのだ。

ドラッグストアやイトーヨーカドーで食品や飲み物を購入し、それを広げて夕食とする。彼女は寝ているようなので そっとしておいた。

しばらくして起きだした彼女に、買ってきた健康補助食品のようなゼリーを与え 解熱剤を飲ませた。食欲がないようだったので、それだけで充分なようだった。
そして、おでこに貼ってある熱さましの効果がなくなっているようだったので、貼り替えてあげようと思った。そこでやっと気づいたのだ。

熱さまし買ってねぇや。

『超大盛・ペヤングソースやきそば』を考えるあまり、買い物のメインを忘れるという大失態。
しかも、心奪われていた『超大盛・ペヤングソースやきそば』は購入していないという この体たらく。
そのほかのサブ的な要件、食べ物や飲み物はすべて完璧に購入し 彼女の好きそうなモノも買ってきてあげたというのに、この始末である。もう ロードムービー☆ザ☆若年性認知症(主演・三田村)が封切られたとしか思えない。

まぁ、その後 自転車にまたがって、時速600マイルでちゃんと買いに行きましたけどね。大事な人が困っているワケですからね(珍しいおのろけオチ)。

#166 - 04/12/2006 [Wed] 00:00

石焼きの、ビビンバ

僕はよく「会社に行く途中で」とここに記すことが多いが、実際に向かっている先は自社ではなく 客先である。
どうも金融機関の仕事は データを自社に持ち込んで仕事をすることが出来ないようで、専ら客先で仕事をすることが多いようだ。

客先で仕事をするので、その日もお客さん(この書き方には違和感を覚えるが、事実そうなので仕方ない)のデンワの声が耳に入ってきた。

「〜〜〜〜だよ、石焼ビビンバ! 石焼きのビビンバな!」

会社のデンワを使用しての会話。ワリと距離がある先での会話だったので それ以外は聞こえないのだが、「石焼ビビンバ」という単語だけが、なぜか耳に入ってくる。
お客さんのその男性は、トータルで「石焼ビビンバ」を 5〜6回デンワ先に告げ、受話器を置いていた。

お客さんの男性なので そちら側と僕らには 高く厚い隔たりがあり、「なぜ石焼ビビンバだったのか?」が解らないまま、今日に至っている。

#167 - 04/13/2006 [Thu] 00:00

そして おまわりさんを呼ばれるのだ

暖かくなってきた春の日。直射日光は 熱くさえ感じる。
そんな日でも、ブーツを履いて歩く若い女性(ナオン)。オノレのスタイルをそこに貫いている。

だが僕は、ブーツの中が気になって仕方ない。

革靴を履いて歩いている 我が臭足のムレっぷりでさえ、ワリと驚天動地であるのだ。カウガールよ、そのブーツの中は もう逆に天地創造か?

姉は結婚前に洋服の販売員の仕事に就いていたので、僕はそのブーツの中が大変なことになっているのは解っている。どうしてもクツを履きっぱなしで 仕事をしなければならないからだ。
姉が仕事を終えて帰宅し、ブーツを脱いだその足の臭さは 本当にのっぴきならなかった。家が臭いか臭くないかで、姉が帰宅したかどうかが解るくらいであった。

きっと、カウガールがショッピングやエンジョイングを終えて帰宅し そのブーツを脱いだとき、その臭足にオノレの赤い実的な何かがはじけるのであろう。もうちょっと自分で何を表現しているのか解らなくなってきたが、「大変だ」ということが伝わればそれでよい。

暖かくなってきたのだ、もう ブーツでキメるのは あきらめようぜ。暖かい日に街をブーツで闊歩するカウガールたちに、僕は そう言い聞かせたい。そして おまわりさんを呼ばれるのだ。

#168 - 04/14/2006 [Fri] 00:00

母という存在

母や姉や姉の子どもたちと、近所のお店に食事に行ったときのこと。

姉の子どもたちも大きくなり、だいぶ会話を聞くのが面白くなってきた。
子どもたちは「ねぇねぇ、コドモのとき、いくつ(何歳)だった?」と、かなり回答に困る質問を投げかけてきたり、それに対して「11歳」とか思春期を迎える微妙な年齢を テキトウに答えたりして楽しんでいた。

そんな楽しい食事の途中であった、母がとんでもない暴挙に出たのは。

子どもたちは話したい盛りで、母に「ばあちゃんばあちゃん」(*1)と何度も話しかけている。それに対して、笑顔でこたえるのが祖母の役目であろう。
だが、母は呼びかけにこたえるでもなく 無視するでもなく、うわのそら。その上、話しかけている子どもたちの方とは 逆の方をなんとなく見ている。

母よ、どうした。
子どもたちよりも先に僕が業を煮やし、「ちょっと、せっかくマゴが話しかけているんだから 聞いてあげなよ」と母に告げたところで、母は我に返った。

「ああ、ごめん。ちょっと 畳の数 数えてた。何畳あるのかなって」

畳の数を数えるのが、すべての行動における優先順位のトップに立つ という発想が解らない。

(*1) 本当は「ばあちゃん」ではなく名前で呼ばせているが、注釈を書くほどのことでもないことに いま書き始めてから気づいた。

#169 - 04/15/2006 [Sat] 00:00

テテンテ テテンテ テン!

今さらだが、ファミコンの王道ソフト 『スーパーマリオブラザーズ』について、思うところを書いてみる。

数々の金字塔を打ち立て、コンピュータゲームの代名詞となった同タイトルであるが、特筆すべきは ゲーム性も去ることながら、そのサウンドであると僕は思う。

ジャンプするときに「プゥワ〜ン」と“ジャンプしたっぽい”音がし、亀やサムシングを踏んだときは「フミッ」みたいな“踏んづけました”的な音がする。
これって実は とても重要な演出であって、例えば 擬音があるマンガとないマンガでは 臨場感がまるで違うように、このサウンドが ゲームの主人公とプレイヤーとの一体感を 累乗的に加速させているのだ。
もしこれが、センスのないサウンド、あるいは無音であったなら、間違いなく「まぁまぁ面白いゲーム」どまりになっていたと推測される。爆発的なヒット、金字塔にはならなかったであろう。

それら数々のすばらしいサウンドの中で、僕がもっとも感銘を受け続けている(現在進行形である)のが、ミスをしたときのサウンドである。

亀やサムシングにうっかり触れてしまったとき、滑って穴に落ちてしまったとき、ミスをした悲しさを払拭するかのような、あの楽しげなサウンド。サウンドと言うより、ひとつのミュージックであるところも ポイントが高いだろうか。
端的にいってしまえば、これもやはり どうかしている。正気の沙汰では考えられない サウンドだろう。サウンドのクリエイターもそうだが、このサウンドでゴーサインを出した上層部も 神がかり的だ。

ミスをしたのにどこか楽しげ。さすがにゲームオーバー時はやや暗めの曲だが、ミスを何度しても笑って許してくれている感じが、マリオの底抜けに明るい世界観を演出しているのだと僕は思う。
そのことに最近 気づき、「ああ、やっぱり マリオってスゴイんだな」と 漠然と、かつ痛烈に 感じたのだ。

新しいスタンダードを生み出した偉人は、みんなアタマがおかしかった。そう考えると、ホラ、希望が沸いてきませんか!(亀)

#170 - 05/01/2006 [Mon] 00:00

THE SHOW

会社の帰りの東京メトロ南北線において。

なんとなく車内を見回していたら、女性のはいている迷彩柄のパンツに 何かのロゴが書かれていることに気づいた。
サンオツ(*1)のツーケー(*2)であるなら その瞬間 興味を失うのだが、何と書かれているのか気になったので 解読することにした。

そのロゴは ワリと崩れたフォントで書かれているので、解読するのに手間どる。
なんだろう、O と W か…? その 前には… H …?

あっ、氷解した。「SHOW」だ。

尻に「SHOW」と書かれている。果たしてそれは、どうなんだろう。尻見せカウガールである。
その「SHOW」が金色で書かれていたことも ここに追記しておこう。

(*1)サンオツ…「おっさん」の業界用語。はやるぞ!
(*2)ツーケー…「ケツ」の業界用語。はやるぞ!
ちなみにツーケーをさらに限定的にしたものが、おなじみの爆心地 となります。

#171 - 05/02/2006 [Tue] 00:00

省略体

「火曜日」などの「曜」の字を「日玉」(日へんに玉)と 省略して書く人が、いるだろう。

僕は小学校で「火曜日」の「曜」は 「曜」のみしか学習していないので、「日玉」(日へんに玉)を使用しているのを見ると、どうも違和感を覚えていた。前後の「火」「日」の字から推測して その字は「曜」の省略体なのかなと、やっとの思いで理解できたのだ。
漢字の読みは、基本的に右側の“つくり”から由来するということも学習していたので、「日玉」(日へんに玉)を「よう」と読むことにも 慣れなかった。今でも 「曜日の“よう”だ」と理解しながらも、なんとなくその字を「たま」と読んでしまう。

そういうワケなので、「定休日:毎週金曜日」の「曜」の字が「日玉」(日へんに玉)と書かれていると、個人的にひと騒動起きてしまう。
意味は理解しているのだが、「ていきゅうび:まいしゅう きんたまび」と 脳内で音読してしまうのだ。もうこれは 仕方のないこと。
「まいしゅう きんたまび」が定休日。そんな日は 休んで当然である。そんな日は、きっと僕も会社に行かない。

これからも僕はきっと「日玉」(日へんに玉)を「たま」と脳内で発音し続けるだろう。そして 女性が「金曜日」を省略して書くたびに、個人的にひと騒動起こしてしまうのだ。

#172 - 05/03/2006 [Wed] 00:00

コンビニ袋でスゴイテンション

風の強い日、コンビニのビニール袋が宙を舞う。

幼きころ、宙を舞い 国道を走るトラックの風圧で さらに高く舞い上がるこのコンビニ袋に、ロマンを感じていた。
どこまでも高く舞い上がる コンビニ袋。まるで重力を無視するかのように、気流をとらえたそれは どんどん小さくなってゆく。

だが、まもなく24歳(本厄)になろうとしている今でも 僕はあの頃のようなワクワクを感じているのであるが、それはいいのだろうか。

強風でコンビニ袋がちょっと浮く。ただそれだけだ。
そのコンビニ袋が 中央分離帯を越え、対向車線を行くクルマにあおられ、ついに身長を超える高さに舞い上がる。もうこの時点で、コンビニ袋にクギづけである。
風を捕らえ 歩道橋を越える高さにまで達し、強烈なビル風に乗って ものすごい勢いでコンビニ袋は遠ざかっていく。旅立ちのときである。
消えてゆく、7 & i HOLDINGS の袋。続編をにおわせながら幕を下ろす映画のような エンディングである。

結論が出た。コンビニ袋には、24歳(本厄)になっても ワクワクすべきである。

#173 - 06/28/2006 [Wed] 23:24

どうも。生きています。すみません。

更新していない間に僕は年齢をひとつ重ね、本厄へと突入した。
職場(客先)も東京都港区から東京都府中市へと変わり、JR武蔵野線というファッ○ンな鉄道路線で毎朝 通勤している。

今朝、JR武蔵野線の駅を降り 職場に向かう途中、『ペヤングソース焼きそば』のかやくの袋が空の状態で落ちていることに気づいた。『ペヤングソース焼きそば』については詳しいので、みずからのアンテナも過敏に反応する。
少し歩くと『ペヤングソース焼きそば』のフタがバキバキになって落ちていた。さらに歩くとソースの袋が空の状態で落ちていた。すぐ先には青のりふりかけの空袋も落ちている。

なんというストーリー性。
“かやく投入 → フタを開け湯を捨てる → ソースを投入しよく混ぜる → お好みでふりかけをかけて出来あがり”という『ペヤングソース焼きそば』が出来あがる過程が、そのまま公道という名のキャンパスにでっかく描かれているではないか。

だが 残念なことに、焼きそばが入っていたであろう本体の空き容器は、いくら先に行っても落ちていなかった。
正確には、途中から道が分かれていたので、職場方向ではないところに落ちていたのかも解らない。僕の確認不足も否定は出来ない。

歩きながらも『ペヤングソース焼きそば』を調理するという、文字通りのハングリー精神。そのハングリー精神を見習って、ちょっとは当サイトも更新していきたいと思う。

#174 - 06/29/2006 [Thu] 23:06

「最初のワキ毛、恥ずかしがるな」とは言うものの…

最初のワキ毛が恥ずかしいことは、すべての人間に共通していることなのだろうか。

最初の陰毛は確実に恥ずかしかったが、局部を公衆に露出することはなかったため、それほど重要なことでもなかった。
だが、ワキ毛は違った。肩のすぐ裏である。プールの時期がやってくると 否が応にも特定部位を晒さなければならず、そのことに過敏にならざるを得ない。
小学6年〜中学1年くらいが 最盛期であろうか。もう「わけぎ」というネギの仲間に対しても眉が動く。当時のプールでも僕は、ワキをやや引き締めて行動していたように思う。

成人した今はどうであろうか。
僕に関していえば、もうワキ毛に対する羞恥は一切ない。わたくしのワキ毛、どんどん見るといい。薄汚れちまったオトナになるということとは、まさにこういうことであろう。
その点、女性は成人してもワキ毛のウエイトは思春期と変わらないと思う。特に夏を迎えるこの時期(=プールの時期)は、綿密な計画を必要としていることだろう。永久脱毛も視野に入れているのではないか。

しかし、ワキ毛に対する羞恥が 24歳の僕と同レベルであろう女子生徒が、中学時代 同じクラスにいたという事実も、今回の文章の結びとしてここに記しておく。どうも、最初のワキ毛は必ずしも恥ずかしいワケではないらしい。
世の中に絶対はない、ということのあらわれなのだろう。ワキ毛からひも解かれる哲学観。

#175 - 07/05/2006 [Wed] 21:44

別に国連については何も書いていない

国連について思うことを書く。

ユニセフという基金団体があるだろう。「 unicef 」だ。この名前は、「 United Nations International Children's Emergency Fund 」の頭文字をとったものである。
「頭文字をとったものである」などと、さも当然知っていたかのように書いたが、いま調べた。インターネットは本当にベンリだ。

さて、この国連を意味する「 UN 」こそ 今回 僕が問題とする部分になる。
すでにいろいろとお気づきの方もいらっしゃるかと思うが、話を続けよう。

仮に、世界の教育レベルや周知されるべき知識レベルを向上させ 生活水準を全世界規模で豊かなものにすることを目標とした国連の組織が、新たに発足する動きが見られたとする。この僕の住む足立区における識字率の低さ・生活水準の荒廃ぶりを垣間見るに、そのような組織は必要であろう。
先進諸国および経済成長を著しく遂げている発展途上の諸国から そのような組織の結成が必要であるとの声が高まり、200X年、全世界規模での知識レベルのガイドラインを策定する組織「国連知識機構( = United Nations Knowledge Organization )」が発足した。

さあ、ここで日本は大きな問題に直面する。
「 United Nations Knowledge Organization 」略して「 UNKO 」である。

「 unicef 」は「ユニセフ」と発音している。きっと国連諸国は「 UNKO 」も例に違わず「うんこ」と発音することだろう。「あんこ」かも解らないが。
テレビのニュースでは、「ユニセフ、国連国際児童緊急基金では…」と同列に、「うんこ、国連知識機構では…」などと放映するのだろうか。その大惨事を避けるつもりで「ユー・エヌ・ケー・オー、国連知識機構では…」と発音しても、傷口は広がるばかりだ。いったいどうするつもりなのだろう。それを思うと、僕はいてもたってもいられなくなってくるのだ。

…というようなことを、中学時代から折に触れては考えていた僕も、24歳(厄年)になりました。今でもまだ折に触れては考えています。

#176 - 07/06/2006 [Thu] 23:55

僕という意味

仕事を終え 帰宅しようと会社から出たところですでに、その腹部に違和感を抱いていた。
家まで、いや、途中の乗換駅まではその違和感に対してのソリューションを迎えることはないだろうと解釈し、そのまま駅へと向かった。

だが、思いのほか早くピークは やってきた。まだ駅にすら着いていない。爆心地(*1)を容赦なくノックするサムシング。とりあえず駅のトイレットへ直行だ。
すると「使用中」との回答。案の定の展開である。サムシングには次の駅まで、どうにかお待ちいただこう。

電車に乗り込み、次の駅で下車。駅ビル内でトイレットを探す。前を歩く女子高生が、ことごとく僕の希求するトイレットへの道の障害となる。やっと見つけたトイレットへ飛び込む。
すると「使用中」との回答。案の定の展開である。サムシングも、そろそろ待てないぞとおっしゃっている。というかなんでこの駅ビルのトイレットには、個人ブースがひとつしかないのか。

仕方なく次の階への階段を駆け上り、先ほどのトイレットの直上にあるトイレットに飛び込む。まるで営業マンの新人研修のよう。
やはり「使用中」との回答。案の定の展開である。またも ひとつしかない個人ブースに舌打ちだ。
ところが、幸いなことにこの階のトイレットの向かいには車イス対応のトイレットがあり、そこは空いていた。はちきれんばかりのサムシングはもう今にもクリティカルな結果を僕にもたらそうとしているのだ、そこに飛び込むしかない。

衣類を腰からズリ下ろすと同時に便器に腰掛け、またこれもほぼ同時に各種のサウンドがトイレットのブース内をこだまする。“生”を感じる瞬間である。
自分の時間を終了させ、さて そろそろ出ようかと思った矢先、このトイレットのトビラをノックする音が聞こえた。

(…怒られる!)。
胸を張っては言えないが ワリと健常者気味である僕が、このトイレットを使ってしまってもいいのか…?
本当に必要としている人の、使用したいという意思表示にたいそう驚いてしまった僕は、そのノックに対してとんでもない反応をとってしまった。

「コンコン」
「あっ!」

ヒドイ。
「あっ!」は ないだろう。意味が解らない。「あっ!」って言われたほうも、リアクションがとれない。

僕は大慌てでツーケー(*2)を拭い、大慌てで外に出た。
トイレットを必要としていた車イスのおばあさんと 介助していた女性に「すいません…、どうしてもガマンできなかったもので…つい…(?)」と意味不明な言い訳をして、その場を後にした。

駅ビルからホーム方面へ戻る途中、何が今回の大惨事を引き起こしたのか考える。
やはり、この一連のドタバタは 運命レベルでシナリオが書かれていたとしか考えられないことに気づく。それが僕という意味であり、僕という意味はそういうことだ。

これを書いている今も爆心地はピリリと痛み、今日の出来事が現実であったということを噛み締めるのだ。

(*1) 爆心地…包み隠さず言えば、肛門のこと。
(*2) ツーケー…「ケツ」の業界用語。はやるぞ!

#177 - 07/09/2006 [Sun] 18:05

24歳になったのだが

悲しい出来事が、土曜の夜に訪れた。

テレビ東京系で絶賛放映中の『出没!アド街ック天国』で特集された街が、僕の地元である東京都足立区竹の塚だったのだ。一瞬だけ実家も映ってしまった。

番組内で繰り広げられる失笑を伴うトーク。仕方ない。番組内で披露される「ヤンママNo.1」「コドモを産む年齢が他の区よりも低い」などの、ちょっとそれはどうなんだろうといったデータ。
そして、安売りの商品に群がるみすぼらしいいでたちの区民たち。なんだ、昭和23年か。ザッツ☆安物買いの銭失い、である。テレビ東京は、よく放映に踏み切った。

「竹の塚といったらコレ!」という愛川欽也氏の問いかけに対し、北野大氏がフリップに書き出した「足立の田園調布」というキーワードも、どこか物悲しい。

そのさまを僕は遠いまなざしで観ながら、不意に放屁した。悲しみは、ここでピークを迎えた。

ちょっとだけ、unko が出てしまった。

#178 - 07/12/2006 [Wed] 23:51

朝から

駅から会社までの道を歩いていると、前を半ケツの女性が歩いていた。我が目を疑った。

解りづらいイラスト

“半ケツの女性”というと、「(足立区に多く見られるような)シュミの悪いハデな格好をした女性のギリギリに短いスカートから、スキャンティー的なサムシングがチラリと(あるいはハッキリと)見える」というのが やや一般的であると思われるが(僕の偏見かも解らない)、いま僕の目前を颯爽と肩で風を切って歩いているこの女性は、黒いポロシャツにジーンズといういでたちである。
つまり この半ケツは、ツーケー(*1)の上半分がさらされているという状態であるのだ。解りづらくなってしまい恐縮ではあるのだが、その様子を思い出しながら描いたイラストも添付したので、どうか参考にしていただきたい。
「ローライズすぎるだろ」。そんなツッコミが、何度も何度も僕のこのノドを突き破りそうになった。

それほどジロジロと見ていたワケではないのだが、パンストの始まりの部分および それに付随するスキャンティー的なサムシングの上半分が、しっかりと見えてしまった。男であることのかなしみである。いい加減 見えてしまったモノの鮮やかなピンクなど、忘れてしまいたい。

特筆すべきは、そのとき僕の装着していた iPod から流れていた音楽が、globe の『FREEDOM』という曲であったということ。
朝からツーケーを出すのも、それは個人の自由である。

(*1)ツーケー…「ケツ」の業界用語。はやるぞ!
ちなみにツーケーをさらに限定的にしたものが、おなじみの爆心地 となります。

#179 - 07/13/2006 [Thu] 23:38

無題

まんが

特に説明やエクスキューズはしませんが、彼女の描いたまんがだ、という説明は記しておきます。

#180 - 07/19/2006 [Wed] 01:02

失敗は成功のもと

ポロシャツを後ろ前に着る

ポロシャツを後ろ前に着てしまった。

Tシャツを後ろ前に着てしまう事件はよく耳にするが、コレはちょっと ない。
そでを通し すそを引っ張るまで、一切の迷いも違和感もなかった。クビが「ぐっ」となり、おなじみの「あっ!」である。もう 幼少からやり直したほうがいい。

ぱっくり割れたうなじが、勝利の Vサインを彷彿とさせる。

いや、勝利の要素は まったくない。テキトウなことを書いた。

このポロシャツがまた、ナヲコさんからいただいたものである というところも、特筆するべきだろう。
あのときいただいたシャツが、こうしてネタづくりにひと役買っていますよ。ありがとう、ありがとう。

年齢は 24を超え、もう戻りの利かないところまでやってきたのだ。「衣類を的確に着用する」という本来 出来るハズのことは、少しずつでも確実にやっていきたいと思う。

#181 - 07/20/2006 [Thu] 22:29

1994年・学級崩壊

小学6年生くらいのころのこと。
体育の時間、体育館でポートボールだかバスケットボールだかの試合がおこなわれていた。

体育館の床には、各種球技種目に対応したラインが引かれている。白や黄色や緑など。そのカラーにより、球技種目のフィールドフォーマットを区別しているのだ。
よって、いまの球技種目に対応するラインのカラーがどれなのかを 確認する必要がある。

ポートボールだかバスケットボールだかの球技種目のラインカラーは緑であった。
ところが 担任のイイヅカ先生(仮名)は そのことを試合開始時点で児童たちに伝えることを忘れていたため、どのラインカラーで試合を進めればよいのかイイヅカ先生に尋ねる児童が続出した。

「先生、何色で試合すればいいんですか?」
「緑だよ 緑」

「せんせー ラインどれー?」
「緑だよ 緑」

個々がバラバラのタイミングで同じ内容の質問をするという、ややうっとうしい展開になってきてしまった。
そして、このような事態になったのである。

「せんせー」
「ミドリダヨ ミドリ」

ついに イイヅカ先生は何かを放棄した。
呼ばれただけなのに「ミドリダヨ ミドリ」。これもある種の学級崩壊である。

#182 - 07/23/2006 [Sun] 02:19

何系のサイトになったのか自分でも見失った感の文章

ナイススティック

ナイススティックである。先ほど久々に食べたので、思うことを書く。

まず特筆すべきはそのネーミングであろう。
「ナイススティック」、つまり「良い棒」である。もう常人がツッコミ済みであると思うので、ここではあえてベタなツッコミは致さない。
団地妻が「あ〜、ヤマザキさんのナイススティックが食べたいわ」と発言すると、ほのかにエロの要素も垣間見られてしまう、そのネーミング。菓子パンとしてのファンシーさを考えると、ちょっとどうなのだろう。

僕はこういった 名称が力んでいない商品を目撃すると、いつもその商品の命名会議を想像してしまう。
きっと、いいオッサンたちが会議に会議を重ね、納期を目前にした最終会議で「『ナイススティック』にしましょう!」と言いながらホワイトボードに書かれた「ナイススティック」にチカラ強く赤いマルを書いたのだ。巻き起こる拍手。商品開発部の社員たちの目には、うっすら光るモノが…。
そして上層部のゴーサインとともに、トラックに積載され工場を出て行く「ナイススティック」。バックに流れるのはもちろん、『地上の星/中島みゆき』である。

だが、こうして足立区の端に住む小市民が放屁しながらネタにしているのもまた、現実である。
決して奇をてらっているワケではないネーミングなのだが、やや精細さに欠けると(実際は精細さを極限まで求めたネーミングかも解らないのだが) こうなる、ということである。
そういう意味では、ソニーの『ウォークマン』は そのバランスを絶妙に乗りこなしたと言えようか。

というワケで、次回は同じくヤマザキパンの『スペシャルサンド』を採り上げます。

#183 - 08/14/2006 [Mon] 23:36

God hits me

首都圏で大規模停電

首都圏で大規模な停電が発生したが、その際ファインプレーを繰り出したので記す。

ちょうど停電が発生したころ、僕は通勤中で JR武蔵野線の車内にいた。
電車は直通している JR京葉線が停電の影響で運行できなくなったため、順次 運行を停止。僕の乗っている編成は、南浦和駅で運行を見合わせるそうだ。

電車はしばらく動きそうにない。
機を同じくして、僕の腹部および爆心地(*1) 周辺にも違和感を覚えたため、これは好都合と思い、電車を降りて真っ先にトイレットへ向かった。

駅のトイレットとは、どうしてこうも暗澹たる雰囲気に包まれているのか、そう思いつつも背に腹は変えられないと 自分の時間を楽しむ。
業(わざ)を成し終え 個人ブースを出ると、そこには長蛇の列(約2名)。すぐさまトイレットに向かった僕の賢明なる判断に万歳三唱である。

ホームに戻ると、どうやら運行が再開された旨を知らせるアナウンスが流れていた。
僕の乗っていた編成はもう南浦和駅を発っていたが、次の電車はすぐにホームに滑り込み、その電車に乗り込み着席し、時間を有意義に過ごせた満足感が僕を包む。

しかしだ。
今回の首都圏大規模停電の被害区域に 僕の住むゲットーこと足立区は含まれておらず(まぁエセ首都圏なので当然ではあるが)、僕は通勤中の JR武蔵野線で影響を受けた。今回ばかりは、足立区の存在を懸念した神の仕業ではないことが証明された。
JR京葉線の停電が直通先の JR武蔵野線を停め、東京都足立区を脱して 埼玉県さいたま市にいる僕を、県境を越え 間接的に直撃したのだ。完全なる個人攻撃。

日本語がややヘンである上、大変わかりづらい構図になっているので 例を挙げて説明すると、風が吹いて転がった桶に犬がぶつかった上に棒に当たり、犬が怒り、桶屋が儲かり、僕が損をした格好である。

つまりは ただ単に運が悪い。それに尽きるのだ。
ファインプレー? ぜんぜん繰り出してないよ。

(*1) 爆心地…包み隠さず言えば、肛門のこと。

#184 - 08/15/2006 [Tue] 23:45

トイレット系の話ばかりが踊る HOMEPAGE

会社で仕事をしている途中、急に尿意を催したのでトイレットに向かう。
小用便器の前に立ち サムシングを引っ張り出そうとしたところで、気づいたのだ。

パンツを前後逆に はいていることに。

先日 ポロシャツを前後逆に着たばかりだというのに、早くもこの体たらく。なんという学習能力のなさ。
パンツを前後逆にはくことは 四半期に一度程度は しでかすのだが、前回のポロシャツ事変からのインターバルが短すぎる。『サマー前後逆フェス 2006』は、あの日 大盛況のうちに幕を閉じたのではないのか。次回は今秋 堂々開催だと思ったのだが。

そんなことよりも、早くサムシングを引っ張り出して放尿しなければならない。刻一刻と体外への距離を縮めている尿も、突然のストップに完全に困窮している。
いつもはパンツの いわゆる“せくしー小窓”を駆使して放尿するので、こういう有事には焦燥を隠せない。セクシー小窓 最重要説が、ここにきて急浮上である。世界で最初に小窓の設置を提唱した人は、天才ではなかろうか。

だが、放尿後もパンツが前後逆のままで仕事をしつづけたことには、差し出がましくも 僕に一定の評価を与えるべきだと思う。その根拠は 特にないが。

#185 - 08/16/2006 [Wed] 23:40

不苦労さん

苦労知らずのふくろうさん

「苦労知らずのふくろうさん」である。

カッコでくくったが、おおかた そのような人気キャラはいないものと思われる。このウチワの購入先も近所の SHOP99 なので、おそらく SHOP99 のオリジナル製品だろう。
だが こういうどうでもいいモノがスキで、思わず購入してしまった。

ある日 会社から帰ってきて食事を済ませてくつろいでいたら、負けじと奇才の彼女がいきなり「苦労知らずのふくろうさん、間違えて踏んじゃったの!」と言い出した。
確かにウチワをよく見ると、“ら”の右側が破けている。

苦労知らずのふくろうさん(拡大)

「気づかないで踏んでしまう」という失敗も僕の笑いの沸点のひとつで(この笑いの沸点の説明は とても難しいのでここでは割愛させていただく)、それを聞いて爆笑してしまった。踏んでしまってしかも破けちゃうとは!
追い討ちをかけるように、彼女が「ふくろうさん、初めての苦労だね…」と切なげに言ったので、ふくろうさんには悪いが 僕はまた機関銃のように笑った。

勝手に「苦労知らずのふくろうさん」などというキャッチコピーをつけられ、SHOP99 で細々と売られ、その挙句にたいして涼を提供することなく踏まれて破けるという、この一連の流れ。ワリと悲惨なほうである。

#186 - 08/19/2006 [Sat] 01:16

ホントは“なんでもバスケット”派

無性にみんなで遊びたい。

ここで挙げる「みんなで遊ぶ」の“みんな”とは、“ハンカチ落とし”や“フルーツバスケット”が出来る規模の“みんな”である。リンク先を見ていたら、さらにやりたくなってきた。

“フルーツバスケット”なんてもう何年やっていないだろう。というか、もしかしたらこの先 一生 出来ないまま死を迎えるかもしれない。それはとても悲しいことだ。
だが、いま 仮に人数を集めてやったとしても、あまり面白くないかもしれない。クラスのアイツがオニになったり ハンカチを落とされたりする、ある種のお約束がスパイスとなりゲームを盛り上げていたと思うので、いまやったとしても きっと「そこそこ楽しい」レベルになってしまうだろう。

それでも、無性にみんなで遊びたい。初めて会った同士でこういうレクリェーションをするのも、楽しいかもわからない。
そういえば、クラスが打ち解けるのって、こういうきっかけだった。

いつかこのサイトで体育館を借りて大人数を集め、こういう遊びをひたすらやるような会を催したい。「フルーツバスケット!」の掛け声とともに 老若男女が散り散りに駆け回るのだ…! あと、50人くらいで不毛なババ抜きをやったりとか…!
というワケで そんな楽しい(と僕が勝手に思っている)妄想をだらだらしゃべる、本日22時からのラジオをよろしく。ブログも更新したよ。(脈絡なく終わる)

#187 - 08/23/2006 [Wed] 00:56

武蔵野線シンドローム

浦和周辺のイメージ

JR武蔵野線で通勤している。
この路線は東京23区の外周を走っており、貨物用に敷かれた線路を旅客用に転用したものである。それでも、いまだ多くの貨物列車が走っている。Wikipedia に詳しい。

さて、貨物列車が多く走るほかに この路線の特徴的なところは、駅名が解りづらいところであろう。ちょっと面白くらいに解りづらい。
連続する浦和4駅、東浦和・南浦和・武蔵浦和・西浦和が その最たる例である。それの4駅の前後には、東川口・北朝霞(きたあさか)という駅があり、東川口・東浦和・南浦和・武蔵浦和・西浦和・北朝霞と、解りづらさを加速させている。北朝霞と北朝鮮も少し似ている。

ここで、ちょっと考えてみて欲しい。件の浦和4駅だが、浦和を避けるように駅を作っているような気がしてこないだろうか(添付の図 参照)。
浦和といえば、武蔵野線開業当時の埼玉県の県庁所在地である。畏れることも多かったのだろう。

その結果、小さくまとまった印象の浦和4駅。まあ、4つも浦和っぽいのがあれば 浦和を制したことになるんじゃないのか、みたいな。
他にも、西船橋や新松戸、東所沢や西国分寺。それっぽいところを掻き集めている武蔵野線。なんだろう、この煮え切らない感じは。

わずかにある“そのもの”の駅名も、吉川・三郷・新座 といった、イマイチ印象の薄いところばかり。
終点の府中本町も、「本町」とはいうものの 駅前にはイトーヨーカドーが鎮座するばかり。

クラスで6番目か7番目くらいにかわいい女のコたちにちょっかいを出すのがスキ、というイメージだろうか。それで満足する安っぽさ。
JR山手線や JR中央線といったイケメンみたく、自分に自信を持つことが出来ずに 小さくまとめようとするさまには、ややシンパシーを覚えざるを得ない。

#188 - 08/23/2006 [Wed] 23:14

「ずいぶんと」という副詞の使い方

先日、仕事を終えて京王線府中駅で人を待っていたときのこと。

むせかえるような蒸し暑さの中 汗を拭きながら改札口にたたずんでいると、ひとりの女性が寄ってきた。年の頃20歳前後だろうか。その女性は、お世辞にもあか抜けているとは言えない感じの女性だった。ここでは便宜上、ハリセンボンとしようか。
僕の方にはやって来たが まったく面識のないハリセンボンだったので、僕はやや遠くを見たりして そのハリセンボンをやり過ごそうとした。

しかし、そのハリセンボンは僕に話しかけてきた。
「すいません、ずいぶんと爽やかですけど、大学1年生の方ですか?」

確かにそのとき僕は私服(Tシャツ)を着ていたが、汗の止まらない20代中ごろの僕を捕まえて「ずいぶんと爽やかですけど」は ない。しかも僕が大学1年生だったのは、もう5年も前のことだ。
(どれだけ人を見る目がないのか、もしや金品を巻き上げる系のアレか…)と思いつつ、疑念丸出しでそのハリセンボンを見ると、僕の思いとは裏腹の大変まっすぐな眼差しで「わたし、大学1年生を対象としたアンケートをしているんです!」と話していた。天然だったのか!

僕が「ごめんなさい、社会人です…」と告げた途端、ハリセンボンは「あ、そうですか」と言い 脱兎のごとく立ち去っていった。
数分後、そのハリセンボンが遠くで大学生風の男性に話し掛けている様子を目撃した。どうやら本当に大学1年生を対象としているということを、ここで確信した。

ハリセンボンに話し掛けられた日からもうだいぶ経ったが、「ずいぶんと爽やかですけど」という言葉が何かのメタファーだったのではないかと、いまもムネを締め付ける。とりあえず、清潔感は確保しておこうか。

#189 - 09/16/2006 [Sat] 02:20

更新が空いてしまった

洗ったばかりの服が臭いと、とてつもなくがっかりしないか。

いまはいている寝巻きとしてのスウェット(パンツ)が、本当に臭くてイヤになる。「部屋干し臭」とでも言おうか、このニオイ。
洗い立てのスウェットなので、汚れてはいないはず。なのに臭い。これが世に言う“部屋干し臭パラドックス”だ。

こうして座ってパソコンに向かっていると、股間から漂ってくる部屋干し臭。
「股間から立ち上るニオイ」という箇所と空間とがあいまって、すべてのやる気を削ぐのだ。

「そんなに臭いならはき替えればいい」とお思いの読者も多いと思うが、はき替えた結果がコレである、という事実も付け加えておこう。
その前にはいていたパンツもまた、部屋干し臭がヒドかったのだ。運命とは、にわかには変えられないものなのである。

さて、そんな部屋干し臭が股間から漂うラジオを本日21時くらいから放送するので、良かったら聴いてくださいね。詳しくはブログから。

#190 - 09/17/2006 [Sun] 00:42

パックンマックン

アルバムを見ていたら、生前の父が外国人に突っ込まれている写真があった。

写真の構図はこうだ。
居酒屋かどこかで 酔っぱらっている父。トロンとした目で母に寄りかかる。笑う母。その父の後頭部をはたく外国人。

僕にインターナショナルな付き合いはないので、あまり外国の方と接する機会はない。以前バイト先(マック臭)にいた王さん(中国人)くらいとしか、外国の方との接点はなかった。
だが 21世紀になり、異文化コミュニケーションの必要性は高まる一方である。現に、いまの職場のフロアには プロジェクトチームは違うものの、どんどん外国の方が入ってきている。

そんな思いが脳裏の片隅にある中 アルバムを開くと、生前の父はすでに 外国人に後頭部をはたかれていたのである。

異文化コミュニケーションを フランクにこなしていた生前の父。そうカンタンには、外国人に突っ込まれるポジションを勝ち得ることもできまい。
しかしながら父は英語を話すことも書くことも一切出来なかったし、くまのプーさんも知ってはいなかったので、それはそれで微妙なところである。

#191 - 09/19/2006 [Tue] 23:38

大足立民国

スーパーに行ったときのこと。
なんとなく売り場を歩いていると、ぬかるみに足を取られるような現象で立ち止まった。

そう、ガムを踏んだのだ。

それまでは平常心だった胸の内が、もう一気に奈落の底に。「テンションが下がる」という俗語的な表現ではあらわしきれないような気分の滅入り方。外を降る冷たい雨は、涙雨か。
いままでワリと買い物を楽しんでいたのに、この一件から目に映るものすべての色が失われた。野菜もパンも飲み物も、すべてがモノクロである。

足立区のスーパーでは、床にガムが落ちている可能性も憂慮しつつ歩かなくてはならないのか。なんというモラルハザード。
ファッキン足立区ぐらいわかれよバカヤロウ。北野武の声が聞こえる。
カウボーイ、てめぇのカラダはてめぇで守りな。さすらいのガンマンの声が聞こえる。

そうだ、足立区がいまだに戦地であることを忘れていた。玉音放送から61年と少し。足立区という治外法権では、未だ 戦争なのだ。
雨を避けながら、店外の足拭きマットでクツのウラに付着したガムを落とす僕。早く受諾しねぇかな、ポツダム宣言。

#192 - 09/23/2006 [Sat] 02:02

深い想像をもって読んでいただければ 楽しめるかと思います

友達と居酒屋でバカ面を引っさげて世界一無為な話をしている中で、「Sound Princess」、日本語でいうところの音姫に話題が移った。
というワケで、今日もトイレットネタです。

友達(♂)は 音姫の存在を知らず、彼女は男子トイレに音姫が設置されていないことを知らなかった。なかなか興味深いことである。
その場にい彼女や友達(♀)から「音姫が、これから というときにそのサウンドを終了させてしまうので困る」「隣で音姫を使用していても、クリティカルなサウンドは丸聞こえなので あまり意味がないのではないか」といった厳しい意見も飛び出し、個人的には大変有意義であった。トイレットに関して真剣になることは、非常に良いことである。

そして 僕は、音姫の存在をその日まで知らなかった友達(♂)の発言を受け、笑いすぎて爆死しそうになった。彼は女性陣による音姫への数々の厳しい意見に対し、こう切り出したのだ。
「え なに? ここぞっていうときに エレクトリカルパレードとかの曲が 鳴り止むってこと?」

音姫という未知の物体の想像。
英語にすると「Sound Princess」である。エレクトリカルパレードが流れ始めても違和感はない。

だが、あの華やかでポップなファンタジーミュージックの終了とともに 放屁等の各種サウンドである。ディズニーが黙っちゃいないだろう。
ディズニーが TOTO を相手取り、放屁等の各種サウンドによる名誉毀損を巡っての まさかの訴訟騒動に発展である。軍配はどっちだ。

#193 - 10/02/2006 [Sun] 01:00

“〓”は「げた」で変換すると出てきます

Vodafone → SoftBank

10月になり、いろいろな新制度がスタートした。
出産育児一時金が35万円に引き上げられたり、阪急阪神HD が発足したりなどだ。

その中でも、気になるのが Vodafone が SoftBank に再編されたことだろうか。
いや もう少し詳しく書くと、気になるのは SoftBank のロゴのアタマについている “〓”のマークだ。

〓 って、文字化けしているのではないか。

添付の画像を見ると解りやすいが、Vodafone から SoftBank にキャリアが変わって“○”みたいな 絵文字を表現できなくなり、仕方なく“〓”で表現しているように見える。
これは なんだか幸先の悪い印象を持ってしまったのだが、いまだ 高いイメージのある携帯電話の料金を適正にすべく、同業他社に 水をあけられている SoftBank には 健闘していただきたい。だが 僕は au 使いで有名だ、ということも追記しておこう。

そんな感じで 中途半端に社会派を気取ってみた 当サイト Tokyo Short Sight も、この10月で2周年になりました。ありがとうございます。
2年もやってて まだ更新が200回に達してないってのがちょっとシブイ感じですが、これからも続けていきたいので見捨てないでください。
あと、ラジオもよろしくね。

#194 - 11/04/2006 [Sat] 00:20

ロビンソン

僕の彼女が今年も大学のファッションショーに出演するので、観に行こうと 大学時代のしょうもない友人を誘った。

彼女が「誰が来てくれるの?」と聞いてきたので、僕はだれだれが来るよ、と答えた。
だが、名前を挙げても 彼女は「?」という表情。誰が誰だか解らないらしい。

仕方がないので 身振り手振りを交え、「だれだれは 有名人でいうとだれそれに似ていて…」と一生懸命答えた。
そして 再び尋ねた。「これで解った?」と。

「あ ごめん、差し入れにどんなお菓子がくるかな、って考えてて 聞いてなかった」

もう基本的すぎて、どう突っ込んでよいのか。

#195 - 11/27/2006 [Mon] 00:30

美しい国へ。

雄祭(OMATSURI)

先日といってもだいぶ前になるが、我が家に舞い込んできた広告である。
躍動感あふれるめがねの隊列に、キャッチコピーとしての「雄祭 OMATSURI」。何かが吹っ切れた。

かつて、めがねの広告といえば どことなく“紳士・淑女”のイメージがあり、その内容も「フォーマルさ」「清潔感」「堅苦しさ」をモットーとしていたと思う。
インテリジェンスに満ちた広告。それがある種の日本人の国民性を、象徴していた。

いや、果たしてそうだろうか。日本人の本来の国民性とは、そんな他人行儀なものだったろうか。
オレたちは忘れちまったのか、あの祭囃子を。オレたちのウデは覚えているだろう、あの神輿の重みを!

そんなパッションが昇華したのが、この躍動感あふれる広告ではないのだろうか。僕の目も覚めたぜ、カウボーイ。

本当のナショナリズムが台頭した、この「雄祭 OMATSURI」の広告。
近眼×雄祭。それが、日本だ。

#196 - 12/26/2006 [Tue] 00:23

拝啓 ベジータさま

ドラゴンボールの DVD を観ていた。
本文は 話のあらすじをご存知である方に対してしかアプローチできていないので、その点をご了承願いたい。

DVD の内容は、フリーザが集めた 5コのドラゴンボールをべジータが横取りするところに差し掛かった。
フリーザの宇宙船内で念願のドラゴンボールを発見したベジータ。テンションも青天井。アニメでは そのあふれんばかりのテンションを 原作とは異なる言葉を用いて表現していたので、また それが笑いを誘うものであったので、ここに報告しようと思う。

原作(単行本)における ドラゴンボールを発見した際のベジータの言葉(声に出してはいない)は、以下のとおりである。

「あったぞ!! ドラゴンボールだ!!
ふははは!! フリーザ! オレを拷問にかけようとしたのが裏目にでたな!!」
【単行本23巻・21ページ5コマ目より引用】

ところが、アニメにおけるそのシーンでのベジータの言葉は、以下のようになっていた。

「拝啓 フリーザさま
いま このときをもって、あなたの時代は 終わりを告げました。
あなたの愛しい ベジータより」
(全体を通じて落ち着いた声色で)

テンションが上がりすぎて(おかしくなって)しまっているようすは原作以上に伝わってくるが、ちょっとどうなんだろう。
格式ばった手紙を想起させる言葉を用いて、シーンをやや面白くしようとしている。その必要はないと思うのだが。原作は熟知しているので、意外性から より笑ってしまった。

原作にないエピソードがアニメに盛り込まれていることはよく知られているが、まさか原作のセリフがここまで改変されているとは。
だが ベジータの独り言の多さは原作どおりだったので、それに関しては安心できる内容だった。

#197 - 12/27/2006 [Wed] 23:23

毎日がスペシャル(このタイトルは前も使った気がするけどいいや)

来年の卓上カレンダーが会社から支給された。
カレンダーを見て初めにすることといったら、やはり休日(特に連休)のチェックだろう。

先輩「やっぱり6月にも休日がほしいよねー」
僕「そうですね。6月10日は『時の記念日』だから、これなんか休みにできそうですよね」
先輩「お、6月10日はちょうど日曜だから、ナイスだね」

ほかにどんな記念日があるだろうと、ネットで調べてみた。ひとまず 僕の誕生日 5月29日を調べてみる。
なるほど、5月29日は『こんにゃくの日』『呉服の日』『幸福の日』であるそうだ。語呂あわせを連発しているようすが手に取るように解るのがやや残念だが、『幸福の日』は僕らしくない感じがして逆に良い。

隣に座っているヤジマさん(仮名)もその一部始終を見ていて、「ちょっと僕もいいですか」と、自分の誕生日を調べ始めた。
彼の誕生日である2月20日を選択し、検索。2回連続で検索ボタンを押し間違え、検索結果に『酒風呂の日』が2回連続で出てきた時点でちょっと面白かったのだが、正しい検索結果にも驚いた。

2月20日は、『尿もれ克服の日』であるそうだ。

ヤジマさんおいしいなぁ と思うと同時に、彼への誕生日プレゼントが『ハルンケア』に決定したことは、もはや言うまでもないだろう。

【参考】日本記念日協会 今日の記念日

#198 - 01/02/2007 [Tue] 02:44

北千住のレンタル料は 2 でした。

正月らしく、親戚家族でモノポリーに興じていた。

このモノポリーは ややレアなモノポリーで、その名を『ヤングモノポリー』という。普通のモノポリーと大きく異なる部分は、舞台を東京としているところだ。
普通のものは「アトランティックシティ版」といわれていて、なにがどうアトランティックシティなのかはよくわからないが、まぁよくわからない地名がボードのマスに書かれているのだ。参考に Wikipedia をどうぞ。同時に 東京が舞台であることの どこがヤングなのか、ということにもなるが、まぁいい。

東京ということで、最も地価の高いマスには「銀座」と書かれ、以下「赤坂」「新宿」「六本木」「原宿」などとなっている。僕は東京に住んでいるので 地名と地価のリンクがイメージしやすく楽しかった。
鉄道会社も「東部鉄道」(=東武鉄道) 「大田急鉄道」(=小田急電鉄)など、実在する鉄道をモチーフとしているのか、面白い。刑務所にも「府注」と書かれていて、府中刑務所からつけられた名称なのであろう。

さて、最高値の土地名は「銀座」であると前述したが、気になるのは最安値の土地名である。いったいどこなのか。

ヤングモノポリーにおける最安値地名は、わが足立区が擁する きっての繁華街、北千住であった。製作者のセンスに脱帽。東京という街をよくわかっている。
このゲームの所有者である兄も「一番安い土地が北千住だったから買った」とその購入動機・購入意図を話しており、それには大きくうなずけるところだ。

また、北千住とグループ化されている土地名は八王子であったので、八王子にお住まいの方にはこの場を借りてお詫びしたい。大変に申し訳ございませんでした。

最後になりましたが、本年は年間300回更新(今年の終わりには #500 くらいになっているハズ)を目指して細々とやっていこうと思いますので、どうぞ 変わらぬご愛顧を よろしくお願いいたします。

#199 - 01/03/2007 [Wed] 22:14

Go Shockin'

正月らしく、親戚家族でモノポリーに興じていた。(前回の続き)

ゲーム中、兄がチャンスカード(共同基金カードだったかも知れぬ)に誤植を発見し大興奮。
本来「売ってもよい」と書かれてあるハズの文言が、「売ってよい」となっていた。

兄は「あ、ホラ『売ってよよい』だって!(笑)」と ことあるごとにそのカードを僕らに見せつける。
お察しのとおり、いま考えてみるとそこまでフィーチャーしてくるほどのものではないのだが、その場ではゲームによるテンションの高揚もあいまって、かなり面白かった。

ゲームも中盤に差し掛かったころ、兄の奥さんも輪に加わってきた。
「そんなモノポリー、ウチにあったんだー」と言いつつ、銀行役として手腕を振るう。

例のごとく兄は「売ってよよい」のカードを彼の嫁に 大フィーチャーしてくる。
「ホラこれ見て。『売ってよよい』だよ、『売って よい』(亀)」。文節の間にチカラを込め、誤植が解りやすいようにカードを奥さんに見せたのだが。

「へーいくらで売れるの?」

兄の奥さんはこういうところが多いので、見逃せない。

#200 - 01/06/2007 [Sat] 02:22

僕は『ガキの使い』で年を越しましたが

<前略>
私は“家族の団らん”をもっと大切にしたいと考えています。そうした意味で、昨年の紅白歌合戦では一部に残念なパフォーマンスがあり、お子さんと一緒にテレビをご覧になっていたりして不快な思いをされた視聴者の方々には本当に申し訳なく思っています。
<後略>

以上は、NHK 会長による2007年 年頭のアイサツの抜粋である。
【参考】http://www3.nhk.or.jp/pr/keiei/toptalk/kaichou/k2007.html

ここで気になるのは、「残念なパフォーマンス」という言い回しだ。
“家族そろって観るような番組にはふさわしくない演技”を、「残念なパフォーマンス」と表現しているワケだが、ちょっと面白くしすぎではないか。

  • シルクハットからハトは飛ばないし下半身はモロ出し
  • 幕が上がっていないことに気づかぬまま寸劇を終えるが下半身はモロ出し
  • 下半身はモロ出しのままパラシュートで降下してくるものの赤坂御用地に不時着

「残念なパフォーマンス」という言葉から思いつくままに そのさまを列挙してみたが、基本的には下半身が生まれたままの姿、という結論に いきついた。
ある程度のオトナが、下半身モロ出しである状態は「残念」としか言いようがない。それを想起させるようなパフォーマンスは、すなわち「残念なパフォーマンス」となる。
まして、広告収入のない 公共放送である。そのボーダーはさらに厳しくなり、上半身モロ出し(に見えるよう)な状態も NG となりえよう。

NHK 会長として、例のあの騒動を表現するに不足はない言い回しだということが よく解った。
彼は、彼の見た現実と、彼が今おかれている状況に至らしめた一件を、「残念なパフォーマンス」と的確に表現しているに過ぎなかったのだ。

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