Tokyo Short Sight - notes

Tokyo Short Sight's past notes [ #001.....#050 ]

#001 - 10/01/2004 [Fri] 01:06

まだまだ。

ほとんど完成していないまま、サイトが始まってしまった。

今日から新しくサイトが始まりました。Tokyo Short Sight です。よろしく。
管理してるのは三田村という人間です。よろしく。

意味を持たない更新。

#002 - 10/01/2004 [Fri] 18:19

東陽町の中心でワキ汗をかく

まったく勉強をしないでいたのだが、あっさりと普通自動車免許を取得してしまった。運で勝ち取ったクルマの免許。
そして取得した免許証に燦然と輝く「普通車はAT車に限る」「 眼 鏡 等 」の文字。

帰宅してきて両親に喜び勇んで免許証を見せたら、母さんが「ヨカッタねぇ」の後、ふた言目に「ずいぶんオッサンに写ったわねぇ」と。

うんこガマンしてましたから。

#003 - 10/02/2004 [Sat] 05:19

ご愛好賜りたく存じます

このサイトでは、こういう感じでライトにつらつらと文章を書いていこうと思う。基本の文体は常体。

サイト名『Tokyo Short Sight』、すなわち「東京近視眼」には、firstにも書いたが、「ひとりの人間が見える範囲なんてたかが知れている」という意味が込められている。
いくら視野を広くしようとしても、日常生活のカベは越えられないし、それを越えたら神さま(田代まさし)ということになってしまう。あきらめるべきところはあきらめた。ミニにタコは出来ない。

だからこそ、近視眼的に物事を見てやろうと思う。
目が悪くても、近づけばいろいろとよく見えるのだ。

僕が、僕の目線で、僕の見える範囲を書いたサイト。それが『Tokyo Short Sight』である。オレがオレがのサイト。それ以上でも以下でもない。

マジメなことを書いてしまったので、【うんこ】とでも書いて、筆を置く。筆なんて持ってねぇ〜(亀)。

#004 - 10/04/2004 [Mon] 06:13

おカネ!

コンテンツもそれなりに基礎が出来、いよいよ本格始動といったところである。
だが、まだ足りないものもある。

  • メールフォーム
  • メッセンジャーのアカウント
  • 切実さ

サイトのことを考えていたハズなのに、後半で現実がカオを出した。「切実さ」とか概念だし。

でもまぁ、いちばん足りないものって、そうですよね。経済的なアレです。資本主義社会を生きていく上で必要なアレです。
では皆さん、ご唱和ください。せ〜の、(略)!

#005 - 10/04/2004 [Mon] 19:18

寒い夜

東京に限ったことかも解らないが、すっかり寒くなってきた。冬の様相を呈している。それは言い過ぎ。

コンビニの冷やし麺(ざるそばとか冷やし中華とか)の売れ行きにはあるセオリーがあるそうだ。同じ33℃の日でも、前日が26℃か31℃かでは、まったく冷やし麺の売れ行きが変わるらしい。無論、前日が26℃である方が、2倍近く多く売れるそうだ。
前日から比べて、どちらも当該日の気温は高い。しかし、その「差」によって、人はより暑いか否かを認識するのである。その結果、人々は勇んで冷やし麺を買い求めるのだ。

翻って、今日のこと。
今日は確かに寒く感じる。「冬の様相を呈する」などという表現も飛び出た。今の気温は18℃もあるのに。
12月の方が比べものにならないくらいに寒い。普通に10℃を切ったり切らなかったりする。
でも今日は間違いなく「寒い」よね。

人間はやはり、相対的に物事を判断するように出来ているのであると思う。それも、極めて自分に近い事象から、狭い視野から、相対的に物事を判断するのだ。
このカラを破れば、神さま(田代まさし)にも成れるのだが。

僕は人間がいいです。

#006 - 10/06/2004 [Wed] 02:58

「オイニー」って言うな…逆さまに言うなーっ!

薬局のニオイがスキだ。
大規模ドラッグストアでも純粋な薬局(「処方せん扱ってます」的な)でもいいが、とにかく僕は薬局の店内に漂うあのニオイがスキなのである。爽やかな、清潔な香りである。薬局に行くと数回は深呼吸する。
ホームセンターのニオイもスキであるが、やはり薬局のあの清潔感溢れる香りには敵わない。病院とか診療所とは一風違う、あのソフトな、あの甘美な、あの香り。ニオイについてなのでうまく表現できないのが悔やまれる。

ここで提案だ。「薬局の香り」という名で、あのニオイを再現した芳香剤を開発/発売してみたらどうだろう。僕は間違いなく買う。勇んで買い求める。
「薬局の香り」「ホームセンターの香り」「地下鉄の香り」など、マニア向けの芳香剤を販売してみたらワリと高い反響を得られると思う。僕はその3つならば間違いなく買うだろう。あとそれらに「スーパーの冷凍食品売り場の香り」も追加していただきたい。

しかし「ガソリンスタンドの香り」は、遠慮させていただく。コレはコレで人気を呼びそうだが。

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#007 - 10/06/2004 [Wed] 12:46

前略 大学より

大学の(数少ない)学友から、

みんな 笑っていいともに井上陽水が出るぞ 早くテレビをつけろ

という内容のメールが届いた。
送信先情報を見たら、複数人にメールを送信しているので、ホントに「みんな」に送っているようだ。

しばらくすると、

ヤバい ゲロかっこいい 素敵! しびれる〜

というメールが届いた。
もちろん、「みんな」に向けて。

僕は大学にいるので井上陽水を観ることは叶わず、襟立ジュン市氏にメールを送ったりしていた。
時には、どうしようもならないことだってある。

どうでもいい報告を皆さんにしたので、授業に出よう。

#008 - 10/07/2004 [Thu] 22:43

略称を番組サイドで強要するとその番組は短命な法則

「アルバイト」を初めて「バイト」と略した人って、センスがいい。

普通は短い単語を略すとき、最初の3文字ないし4文字を発音する。「携帯電話」は「ケータイ」。「テレビジョン」は「テレビ」。「マイクロフォン」は「マイク」。
やや長い語、複数語の組み合わせでも、それぞれの最初の文字を組み合わせて発音する。「パーソナルコンピューター」は「パソコン」。「東京大学」は「東大」。「セクシュアルハラスメント」は「セクハラ」。

だが、「アルバイト」は後ろ3文字で「バイト」だ。「アルバ」ではなく「バイト」。奇をてらっている。

昨今の、安易にアタマの文字を切り出して略語化している状況に辟易していたさなかに気付いた「バイト」。センスの良さに脱帽である。
しかも、この二番煎じがカンタンには出来ないのもオンリーワンでいい。「コミュニケーション」を「ション(あるいは「ケーション」)」とは略せないだろう。「バイト」は「バイト」。オンリーワンなのだ。

今日の昼下がり、『ほんとにあった怖い話』の番組宣伝で、「ほんとにあった怖い話」を「ほん怖」と略していたのは、さすがにイタイと思った。「ほん怖」。「 ほ ん 怖 」。センスねぇなぁオイ。正気の沙汰ならば、それ自体がコワイ。
ていうか、公式サイトを見る限り、それがオフィシャルな略称なのか。正気か。

あと、メッセンジャーのアカウントを取得したので興味のある方は登録してくださいね。
tokyo_short_sight@hotmail.com です。

#009 - 10/08/2004 [Fri] 01:52

パン屋さんのパンは美味しい

焼きたてパンを売る、いわゆる「パン屋さん」の魅力は、店先に無造作に積まれたそれにあると思う。
先日といってもかなり前だが、そういった焼きたてパンを売る店の前を通りかかったとき、透明なビニール袋に入った状態で整然とパンが並べられていて、何となく美味しくなさそうに見えた。

時代の流れから言って、包装された食べ物を売るのが普通である。むき出しのまま売られている食べ物なんて、そうはない。
しかし、パン屋のパンはむき出しで売られているものをトングでつかみ、その後で袋に入れてもらう。それに対して抵抗を感じる人間は決して多くはないだろう。
そして、そのパンはなぜか美味しい。工場でつくられ、包装されて輸送され、末端に届くそれよりも、「焼きたて」の時間差を差し引いても、美味しく感じるのである。それは、視覚によるところも大きいだろう。
普遍からの逆行。それが功を奏している。

やはり人間は、工業製品を思わせる食べ物に対して、潜在的に何らかの拒絶反応を起こすのだろう。「ビニール袋」は、工業製品の代名詞である。
そして、人間は「目に美味しい」ものを求める。屋台の焼きそばは衛生的とは言えないが、視覚的にとても美味しそうに見える。その美味しさとは、清潔かどうかを超えた、五感さえをも超えた、「美味しさ」なのである。

無造作に積まれたパン屋のパン。それ以上、美味しさを彩るパフォーマンスは要らない。

#010 - 10/08/2004 [Fri] 22:01

毎日がスペシャル

先日も大学に行く途中の道でうんこが漏れそうになり、かなりヒヤリとした。

その日は彼女と学校に行っていて、彼女が登校中にしきりに「おなか痛い」とつぶやいていた。この時期はトップとボトムの気温差が大きく、おなかの調子をおかしくもしがちである。
そして、どういうワケだか腹痛は伝染する。僕のおなかの調子も時を追うごとにおかしくなっていき、駅から大学までの道の途中で痛みの最高潮を迎えた。高鳴る心臓の鼓動と、手のひらに広がる汗とも汁ともつかない何か。

そして僕は歩く速度を上げた。競歩だ。腹痛及び爆心地(*1)をノックするそれとの、競い合いせめぎ合いである。
その瞬間、みたむら地方に大雨/洪水/暴風/波浪の各警報が発令されたことは、読者の誰もがうなずくところであろう。各警報の具体的な意味は、各々で想像していただきたい。

大学の正門にたどり着くまでに、脳裏を渦巻くさまざまな事象。
もし、大学のトイレットまで間に合うことなく、やっちまってしまったらどうすればいいのだろう。購買でパンツを買うか…? いや、購買で腐臭を撒き散らしながらパンツを買うことは出来ない。うんこを漏らしたのが周囲に丸解りである。「アイツうんこ漏らしたのか」。やがて聞こえる購買内の客の心の声。

そうこう考えているうちに、大学の正門を突破。まさに、みたむらの新ケツ面が描く放物線は、栄光への架け橋だ! である。

僕は大学本館のトイレの個人ブースへ駆け込み、扉を閉め、ズボン及びパンツを下ろし、腰掛ける。それと同時に、大雨/洪水/暴風/波浪警報は解除された。

本当に、毎日がスリリングであり、毎日がスペシャルである。

(*1) 爆心地…包み隠さず言えば、肛門のこと。

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#011 - 10/12/2004 [Tue] 03:08

更新間隔が空いた

バイト先(マック臭)に行こうと家を出る間際、テレビから興味深い歌が聞こえてきた。

ダイナマイトがヨ ダイナマイトが百五十屯
畜生 恋なンて ぶっとばせ

いま調べたところ、この曲は知る人ぞ知る小林旭氏の楽曲であるそうだ。タイトルも、そのものズバリ『ダイナマイトが百五十屯(ひゃくごじゅっとん)』。ネットは本当にベンリ。
「マイティーな曲」「アキラの男が垣間見られる」などの紹介/感想がネット上で述べられているし、確かに出かける間際、片手間に聞いた感じもなかなかパワフルであった。歌い手こそ女性の方であったが。

しかしだ。150tのダイナマイトでぶっ飛ばされるのは、恋だけではないだろう。
恋を忘れたくて、ダイナマイト150tを炸裂。そして失う多くの概念。待っているのは物理的かつ社会的な死。「ダイナマイトがヨ」とかちょっと面白く言っている場合ではない。

そして、こんなインパクトのある曲を午前中から放映するテレビ東京。

#012 - 10/14/2004 [Thu] 04:20

自分以外の9人は同じ色

大学で授業を受けていた。

講師の話など、興味がわかないと身に入ってこないものだ。
そのときももちろんボーっと話を聞いていた。 "listen to" ではなく "hear" である。別の授業のノートをまとめつつでもあったので、より一層磨きをかけて話をボーっと聞いていた。
そんな状態である。聞こえる音(=講師の口から発せられる音)に注意を払ってはいなかった。

しかし、なぜかそのコトバだけはすーっと、カラダに浸透していった。本当に不思議なものである。

講師「ほんと、人間なんて百人十色ですからね」

分母がやや大きい。

#013 - 10/14/2004 [Thu] 19:35

後悔 AFTER 後悔

自分の部屋の蛍光灯がジーってうるさいので、蛍光灯とグローランプを買い換えた。まだ蛍光灯もグローランプも寿命は来ていなかったのであるが。
それぞれを買い求め帰宅して、取り替える。さすがに新品なので明るい。ジーってうるさくもない。いい感じ。

ところが1時間ほどして、またジーって鳴り始めた。悪魔が来たりて笛を吹く。ホント大概にしてくれ。

どういうことなのかネットで調べたところ、こういうことらしい。
元の、上からぶら下がっているアレ自体が UNKO 、ということなのか。もっと早く言って欲しかった。ちゃんと調べてから買いに行けばヨカッタ。後悔に次ぐ後悔。

それにしても、リンク先のサイトの文章がややおかしい。翻訳サイトが吐き出した文章っぽいな。

#014 - 10/16/2004 [Sat] 03:29

夏が来れば思い出す

今から10年位前の夏休みだった。明け方前に部屋に姉といると、表から地面を打ちつける、強い雨足に伴った音が聞こえてきた。夏だから窓を開けていて、外の音がよく聞こえたのだ。
その日は雨の予想などなかったが、暑い夏に雨はありがたい。僕は明け方近い時間ということもあり半寝の状態であったが、姉に「あ、雨降ってきたね」と告げた。
姉は「え、雨!? 星出てるのに?」と驚きながら窓に近寄った。僕もやや驚き、ともに窓に近寄った。そして二階から外を見た。

そこには、オッサンが電柱に放尿している光景しか、なかった。

姉はチカラなく「雨、ねぇ…」とつぶやき、部屋から立ち去って行った。
僕は僕のもつ UNKO のような聴力に、ただただ閉口した。

#015 - 10/17/2004 [Sun] 04:18

トラウマが増えた夜

部屋の模様がえをした。

模様がえは楽しい。アレをこっちに置いて、ソレをあっちに置いて…と、気分転換にもなるし、新しい部屋を構築していくのが楽しい。
その模様がえにおいて、既存のメタルラックに新しく棚をひとつ増設しようと、家から3kmほど離れたホームセンターで既存のメタルラックに合うサイズの棚を買ってきた。コレでテレビの下にビデオを置ける。
意気揚々と、既存のメタルラックに棚を取り付ける。しかし様子がおかしい。どうしてもうまくはめ込むことが出来ないのである。

単純に、サイズが合わないのだ。恐れていた事態にさいなまれる、楽しかった模様がえ。

うなだれる僕。一緒にいた彼女の表情も曇りがちに。
棚を買いに出かける前にサイズを測ったのに、コレである。僕は何を測っていたのか。サイズの合わないメタルラックの棚なんて、UNKO 以上に使い物にならない。僕の行為はそれを超越した UNKO である。
とりあえず、返品/交換に行ってくるしかない。

しかし、時刻は19時45分。3km離れたホームセンターの閉店時刻は、20時。シビアな現実。

時計を見て「明日でいいか」とひるんだものの、やはり今日中に模様がえは終わらせたい。3km程度なら、何とか15分で間に合う。いや、何とか間に合わせる。
僕はチャリを走らせる決断に至った。免許はあるがクルマはない。
どうにか閉店間際にホームセンターにたどり着き、息を切らしつつ返品と交換のお願いを申し出る。本当にメイワクな客である。客というか UNKO とみなしても不適当ではない。

ところが、求めていたサイズの棚は販売されていなかった。おいおいカウボーイ、どういう虐待だ。

こうして僕は、またひとつトラウマを増やしたのである。アイリスオーヤマのメタルラックを見るたび、焦燥感に駆られる類いのトラウマだ。

#016 - 10/18/2004 [Mon] 06:22

新宿の耐震性

先日、東京では一夜に二度、地震が起きた。地震は恐ろしいものだ。

しかし、例えば、新宿に多くそびえる超高層ビル群。あの建造物はすべて、1923年に発生した関東大震災級の地震には耐えられるように出来ている。仮に巨大地震が東京を襲っても、東京都庁のビルがガレキに帰すことはない。
そのほかの多くの建造物が、過去に起きた関東大震災のハードルを超えられるようになっているのである。つまり、やがて起きる巨大地震を恐れる必要はないということだ。
そう、建物単体では、関東大震災のハードルを超える。

僕はあえて「建物単体では」という言葉を使った。それらすべてを含有する「新宿」の耐震性はどうなのか、それが解らないからだ。
新宿には数本の地下鉄が走り、多くの地下街が広がり、そして200m前後の高さのビルが地下から天を貫いている。それらが複雑に絡み合って、集積回路のような街をカタチづくっている。
空洞のたくさんある土地に造られた街が、巨大地震で揺れるのだ。その結果は未知数である。もちろんそれだけの街には、極大に人間が集まる。物理を超えたパニックが、引き起こされるだろう。
建物は耐えたが、地盤が耐えられなかった、その可能性もなくはない。あるいは、街は耐えたが、人が耐えられなかった、か。

しかも恐ろしいことに、この仮定は「その時」が来るまで、仮定の域を脱しないのである。まったく、結果が見えない。

さらに恐ろしいことに、この春から僕は、そんなとんでもない街で働くのである。「その時」が来たら、詳細にお伝えしたい。

#017 - 10/19/2004 [Tue] 05:56

おしゃぶり

おしゃぶりってスゴイ。

赤ちゃんがおしゃぶりをあむあむしている姿は微笑ましいが、アレは擬似的に乳首を吸っているのだ。
フラストレーションの解決としてのおしゃぶりであると考えると、それはすなわち自慰行為に近しい。生後数ヶ月だというのに、自慰行為である。

そして、そんな自慰行為の器具を我が子に買い与える親。生後数ヶ月だというのに。

電車の中で、デパートで、日常で、はばかることなく擬似的に乳首を吸い続ける赤ちゃん。あなた、街中ではばかることなく自慰行為にふけられますか。
しかし誰もがみんな、記憶に残らないところで堂々と擬似的に乳首を吸っていたのである。そう考えると、もっと自分のカラを破れそうな気がする。

チャリをこいでいるときは、だいたいこんなことを考えています。

#018 - 10/20/2004 [Wed] 01:58

ただのサウンドとスメルであるだけなのに、なぜこうも面白いのか。

10年は昔の話になると思う。初めて「『ガキの使い』という番組はスゴイ」と感銘したときのこと。

正直、僕はダウンタウンを嫌悪していた。どことなく暴力的な芸風が、ちょっと僕に合わないと感じていたのである。
そういう先入観があったものの、そのときの『ガキの使い』の企画は、そんな先入観を瞬く間に取り払い、フラットなフィールド、いや、もうそのときには僕の笑いの好みはダウンタウン寄りになっていただろう、それぐらい素晴らしい企画であった。

僕のお笑い観を180度変えた企画は、なにせ昔のことなので若干の違いがある可能性をご容赦願いたいが、「先に屁をしたものが勝ち」という内容であった。ホントにくだらない。
スタジオにはイモなど屁を誘発する食品が多く並べられ、ダウンタウン等の出演者はそれを食し、ステレッチなどをしながら屁の降臨を待つのである。屁が出そうになれば挙手し、カメラ近くのマイクに駆け寄り、マイク(=カメラ)にケツを向け、その期待が放屁に昇華するのを願う。
放屁が達成されればスタジオ後方のどん帳(幕だったか?)が降り、その奥にスタンバイしていたサンバ隊やチアガールたちが明るい音楽とともに出演者を交え踊り出すのである。本当にくだらない。

その企画を観た僕は、己も誤って放屁してしまう勢いで爆笑した。唾液/大声/涙/屁/ワキ汗など、理性を超えた各種をとめどなくカラダから分泌しながら、笑った。

僕の笑いの根底には、常に『ガキの使い』と“屁”がある。屁ネタで安易に笑っているようであるが、僕の場合は筋金入りなのだ。

#019 - 10/20/2004 [Wed] 12:11

ムカつかされ

アイク(キャッシングの会社)のCMがムカつく。

軽快な音楽に乗り、カラダを揺らしながら歩くめがねのサラリーマン風の男。舞台は巨大迷路。
他のサラリーマン風の群集はその迷路に迷うが、主人公の男は太陽(=アイクを比喩したものと思われる)を指差し、さらにリズムに乗り、迷路から抜け出す。
主人公が「計画的に、行かなくちゃ」と言い、ジングル「♪かしこくアイク!」。

まず、そのリズムに乗りつつカラダを揺らすさまがカンに触る。ナチュラルにうざったい。
あと迷路に迷ってる群衆が「こっちだ!」とか言って見事に行き止まりにハマってるのもムカつく。

なにより、かしこくて計画的な人間は消費者金融に手を出さないだろう。

でも、オフィシャルサイトのトップページを見て、そんなイラ立ちも消え失せた。このポージングを見る限り、ガチだ。狙ってる。

#020 - 10/22/2004 [Fri] 03:01

ホウジョウ君(前編)

小学校の給食の時間は、給食当番が給食をそれぞれの児童の机に配膳していた。

ホウジョウ君(仮名)の机の上は、いつもモノでごった返していた。
小学校の教室の机だというのに、何らかのモノで溢れ、机の上に余裕がなかった。ふでばこ、ノート、何か、ボックスティッシュ。ボックスティッシュは要らないだろ、誰もがそう思っていた。

その日の給食の前の時間は、体育であった。体育着や着替えとかがホウジョウ君の机の上には、当然のごとく超然と鎮座していた。拍車をかけて机の上が汚かった。
ホウジョウ君は机の上を片付けることなく、恐らくトイレか手洗い場に向かい、席を外したのであった。

困るのは給食当番の子である。ホウジョウ君の机の上に給食を載せることが出来ない。
仕方なくその子は、彼のイスの上に、給食を配膳した。

教室に戻ってきたホウジョウ君は、ニヤニヤしながら手をハンケチか何かで拭い、ニヤニヤしながら自分のイスに腰掛けた。給食の存在に気付くことなく。

ホウジョウ君は、ケツにけんちん汁のニンジンなどをくっつけたまま、猛然と給食当番に対してキレ始めた。「誰だよイスに載せたヤツ!」。
もちろん、ホウジョウ君を擁護する人間は誰もおらず、むしろホウジョウ君を責める者/配膳した給食当番の子を擁護する者が大半で、僕を含めた残りのクラスメイトはただただホウジョウ君を冷笑するのみだった。

#021 - 10/25/2004 [Mon] 04:29

ホウジョウ君(後編)

そんなホウジョウ君(仮名)の家は、おカネ持ちであった。

彼の名字のつくアパートや駐車場も多くあったし、なにより、彼の名字を冠したワリと規模の大きなスーパーが、その象徴であった。マルエツ並の品揃えはあったと思う。
まさにホウジョウここにあり。彼の名前を知らない者は、その町にはいなかったのではなかろうか。

僕の家とホウジョウ家はやや離れていたので、小学校を卒業してから、彼の話を聞くことはなかった。彼は私立中学に進み、僕は地域の悪名高い中学で時々体罰を受けながら、過ごしていた。
それでもたまに彼の家の前を通りかかったりして、「ホウジョウここにあり」を目の当たりにしていた。

いつだっただろうか、恐らく僕は大学生になっていたと思う。自宅に1枚のチラシが舞い込んだ。それは、大規模ドラッグストア新規開店を報せるチラシであった。
無類のドラッグストア(のニオイ)ズキの僕である。ドラッグストアそのものもスキであるが。とにかく、そのドラッグストアにも向かわざるを得ない。僕は愛車(チャリ)にまたがり、そのドラッグストアに向かった。

愕然とした。ココは以前、あの「ホウジョウマート(仮名)」があった場所じゃないか。

「ホウジョウここにあり」の場所に、ホウジョウはもう、なかった。あるのは店頭にせり出す5連ボックスティッシュのみである。

ドラッグストアの店頭にせり出すボックスティッシュを見て、ホウジョウ君の机の上にムダに置いてあったボックスティッシュを夢想する。今でもまだ、ホウジョウ君の机の上が汚いことを祈るのみだ。

#022 - 10/26/2004 [Tue] 04:56

ていがく

デンワの待受時間が10時間程度になるくらい電池の持ちが悪くなったので、新しい機種に変更してきた。W21Sのフューチャーホワイトだ。パケット停学時代の到来である。変換ミスも気にしない大らかさは、まさにフューチャーホワイト。

新しいデンワを購入したときには喜び勇むもの。購入後、すぐに帰路の電車の中で箱から付属品や説明書を取り出し、僕は至福の時を味わった。ああ、新しい電化製品のニオイがする。
ひとしきり機能を確かめ、再び付属品などを箱の中にしまおうとした。

だが、うまくしまえない。デンワを買うと、いつもこのトラップにハマる。

喜び勇んでいたため、箱を開けた直後、すなわち正しく梱包されている様子を、僕は覚えていない。それぞれの付属品の入っていたくぼみに買った直後と同じように付属品をハメ込もうとするが、最後に箱のフタを閉じるとき、箱が湾曲するのだ。なんかふくらむ。
何度やってもうまく入らない。帰宅後、落ち着いた環境でハメ込んでみてもダメだった。ふくらむ箱は、4次元を意味する時空の歪みにも見えてくる。物理を超えたチカラの存在が、いまここに。

突然に試されるユーザーのIQ。曲がった箱は不合格者の烙印そのもの。不合格者に待っているのは停学、か。

#023 - 10/28/2004 [Thu] 04:00

事故の功績

自宅の近くで午前中に交通事故があった。乗用車タイプのクルマが駐車中のトラックに思い切りぶつかったらしく、乗用車の方のボンネットがボコボコになっていた。幸い、ケガ人などは見受けられなかった。
その「思い切りぶつかった」証拠として、大変に大きな音がしたのである。「ドーン」という音だったか。その音で、寝ていた僕は目が覚めた。事故とは恐ろしいものである。

そして何より恐ろしいことは、その事故で目覚めなければ、僕はバイト(マック臭)に遅刻していたであろう事実だ。

バイトの時刻は12時からで、僕は9時半に目覚ましをセットしていた。しかし僕は目覚ましをこの右手で止め、再び惰眠を貪り始めていたのである。俗に言う「2nd Sleeping」、そう、二度寝だ。
目覚ましの爆音、音量35のテレビの音でも起きなかった(実際は起きて音量を下げたのだが、それは無意識なので起きたことにはならないだろう)僕は、その事故の音で起きたのである。事故の規模を推し測っていただけるだろうか。
事故が発生しなければ、僕は昼の忙しい時間帯にバイト先に穴を開けることになり、何人かの客を取りこぼしていた可能性も考えられるのだ。何より、バイト仲間にメイワクをかけるところであった。不謹慎だが、事故を起こした人、誰だか知らんがありがとう。

「風が吹けば桶屋が儲かる」と同列に、「クルマがぶつかればハンバーガー屋が儲かる」、である。

しかしその日は、バイト先(マクドナルド臭)はとんでもなくヒマであったことを、追記しておく。

#024 - 10/29/2004 [Fri] 19:58

書き出しが75%の確率で「自宅のフロ」

自宅のフロについて、言わせていただきたい。蛇口よ、なぜオマエはそこまでナイーブなんだ。

自宅のフロ、まあいわゆるユニバ(ユニバーさんのわんわんスタジオじゃぱん)なのだが、その蛇口のひねるところがナイーブすぎるのだ。ナイーブというかナーヴァス。
みなさんの家のフロについてはちょっと解りかねるが、自宅のフロは熱い湯(赤)と水(青)の取っ手を回して、ちょうどいい温度のお湯を精製する一般的なシステムをとっている。水を多く出せば湯はぬるくなり、逆は熱くなる。

自宅のフロは、お湯を精製する際、青い取っ手が1mm程度ズレただけで、大惨事に発展するのだ。
もうホント、1mm程度のズレが悪夢を引き起こす。シャワー使用時においては、頭髪がすべて抜け落ちるかと思うくらい熱い湯が出てくることもあるし、頭髪がすべて抜け落ちるかと思うくらい冷たい水が出てくることもある。あの微妙さは神がかりだ。
ある意味ではあの蛇口はアナログなナノテクなので、内部構造が気になる。半導体とかが使われていても不思議ではない。

きっとアメリカ人ならぶっ壊すだろう、日本人の持ち合わせる緻密さを要求する自宅のフロの蛇口。純粋な日本人だが、いい加減ぶっ壊したい。
アレか、精神安定剤でも蛇口に突っ込めば、オマエのナ〜ヴァスさは解決するのか。

#025 - 10/30/2004 [Sat] 04:48

恩着せがましい系の更新

先日セブンイレブンで買い物をした際に、おつりを募金した。僕の募金した52円は、台風23号の被災地か新潟中越地震の被災地の義援金に充てられる。
ふたこと目に「4兆円欲しい」、あるいは他人の誕生日に便乗してまで金銭を要求していた僕が、ここまで成長したのだ。どうぞ褒めてやってください。

僕の募金した52円は、いったいどのように使われるのだろう。日用品や医療器具に変化する、僕の52円を思い描く。被災された方々のお役に立てば、本当に嬉しく思う。
だが、セブンイレブンのサイトを見ると、「お預かりした義援金は新潟県及び台風23号の被災地にお届けいたします。」と書いてある。具体的な現地での活用のされ方は書かれていない。

僕の52円、義援金を輸送するトラックのガソリン代に消えそうな予感。あるいは、トラックの運ちゃんのコーヒー代か。

被災地に届くことなく消えるかもしれない僕の52円。でも、それはそれで僕らしい。なんでもいい、役に立て! 僕の52円!!

#026 - 11/01/2004 [Mon] 03:39

めがねと総菜屋のふたり組のこと

僕の通っている大学の学園祭にカンニングなどのゲイニンがやってくるので、観に行ってきた。

朝から僕は体調が悪く、大学の最寄り駅で座り込むなどの最悪のコンディションの中、やっと僕らは大学にたどり着いた。
しかし学園祭実行委員の段取りが悪いのか何なのか、そのお笑いライブのステージを大して広くない教室に設定していたため、教室に入りきらない観客が長蛇の列を作り始め、学内は大混乱。混乱しすぎて僕の体調も徐々に回復し始める始末。

長蛇の列に辟易した僕らがお笑いライブ会場から少し離れたところでウダウダしていたら、学生に溶け込むカタチでカンニングのおふたりが控え室へと消えるさまを目撃。なんというか、ゲイニンのオーラは微塵も感じさせなかった。
カンニングのおふたりは、同窓会の行われている7号館(ワリと新しい建物)へと入っていった。恐らくは7号館の中に控え室があるのだろう。その様子。

実行委員「こちらへどうぞ。同窓会も行われています」
カンニングのおふたり「同窓会!?」
カンニングのどちらか「あ、キレイな建物ですね」
(7号館の中へ)

ゲイニンのオーラを微塵も感じさせないというコトバの意味、お解りいただけるだろうか。
竹山氏のめがねはプライベートなのにテレビと同じモノだったし、中島氏は総菜屋で副店長をやっていそうな感じの人だった。

結局僕らはその後、お笑いライブには目もくれずホットドックを食べて帰宅した。4年生である僕の大学祭は、こうして幕を閉じた。

#027 - 11/02/2004 [Tue] 03:54

彼女はいまだ現役です

彼女(負けじと奇才)が僕の自宅でホゲホゲ言いながら眠り始めた。
眠り始めるなら彼女の自宅で眠った方がいいし、そのままマジねんねに突入するならコンタクトを外した方がいいと思い、僕は彼女を揺り起こした。この奇才は起こしてもなかなか起きないので、注意と根気が必要だ。

3億回は「起きれ」と言い、カラダを揺すっただろうか。彼女はやっと「むにゃ〜」と昭和中期のマンガのような声を出しつつ起きた。
僕は「ホラ、時間もアレだしそろそろ帰ったほうがいいよ。もしこのまま寝るんだったらコンタクト外した方がいいよ」と、彼女に二者択一の質問を投げかけた。
その二者択一の質問に対し、彼女はこう答えた。

「じゃがいも」

伝説ネタ をありがとう。

#028 - 11/03/2004 [Wed] 01:00

最近は TM NETWORK しか聴いていない気がする

朝方ワイドショー的な番組を観ていたら、紙幣が刷新されたことについての特集が組まれていた。新紙幣導入当日の11月1日、街で新紙幣を実際に使用してみて街の人の反応を見る、というものだった。

小さなコドモは「見せて見せて」と物珍しそうに樋口一葉の5,000円札をまじまじと見て、店員がすべて韓国籍の商店ではレジ係が不審がって店長を呼んでいた。ディレクターの狙い通りである。
こんな特集が組まれる日本、かたや災害に見舞われている方もいる。だが、あえて「平和」だと思いたい。日本の底辺は、どことなく抜けている人たちだらけだ。そんな国家でも、GDPは世界2位である。
しかし新紙幣を商店街で使ったところ、一挙に黒山の人だかりが出来始めるシーンについては、ちょっとどうか思った。

貨幣を珍しがる商人たち。藤子・F・不二雄先生の描くマイナーなマンガのようなパラドックス。

#029 - 11/05/2004 [Fri] 03:49

自己を省みる

この休み、友人の大学の学園祭に行ってきた。

午前中は某巨大大学の芸術学部の学園祭におジャマした。
さすがに「芸術学部」だけあって、展示や露店の飾りつけひとつとってもセンスがいい。きっと、小学校時代に図工が得意だった生徒たちのみばかりなのだろう。
友人は写真を展示していたが、やはり常人にはマネできないレベルの美しさを披露していた。小笠原の空と海の青さが、僕の心を打った。

午後には某皇室御用達の大学の学園祭に向かった。
学内に森があり、そこには厩舎や池もある。都内とは思えない環境である。焼きそばをパックに詰めすぎてたくさんそばを地面に落としている学生も垣間見れたが、その痛さを充分にフォローできる学内の環境は、「あ、大学選び失敗したな」と僕を後悔させるにも充分であった。
友人は陶芸部で陶芸を披露していたが、正直「池袋からほど近い大学内に馬がいる」ということの方がインパクトが強く、申し訳ないがどーでもよかった。だって馬とかデカいんだもん。思わず語調もアレした。

翻って僕の通う大学である。マジ、うんこ(亀)。

  • add / CSS - Vacation

#030 - 11/05/2004 [Fri] 17:52

もうホントワケ解んねぇよ

大学で流通産業の授業を受けていた。

その授業は(その授業も)ひとりで受けているので、基本的には退屈である。
何より、教授におよそ教え授ける気がないという、矛盾強まった授業である。その教授は、黒板に書く字はグズグズであるし、声が小さいのに「マイクを使う」というソリューションも持ち合わせていない。それゆえ、僕もスキを見ては先日購入したW21Sでドラクエに興じていた。
ようやくガライの町に勇者が到達したのを受け、僕はカオを上げ黒板を見た。黒板に書かれてある内容にびっくりした。

「人間性の実現」のすぐ下に「辞世の句」。

しばし話を聞いていなかったうちに、授業内容に劇的な変化が訪れていたようだ。
「辞世の句」とは、武士とかがいのちを絶つ前に読む短歌とかじゃないか。この教授はそれが「人間性の実現」だと学生に教え授けようとしているのか。死することで己を実現するとは、極めてネガティブ。

そんな内容の講義を行うこの授業の講義名は、「流通産業論」。大学選び、しくじった。

#031 - 11/07/2004 [Sun] 20:40

トイレット最高説

彼女の通う女子大の大学祭に行ってきた。何でも、ファッションショー的な催しをやるらしい。
女子大という、僕のようなみそっかすカウボーイとは対極に在るカテゴリーに、気持ちは浮つく。こんにちは、ハウメニーお花たち。

だが駅から大学までの間の道で、またしても、またしても、腹痛に見舞われた。おいおいカウボーイ、お花たちのお目にかかる前に道端でやっちまうワケにはいかないだろう。

女子大に侵入(チン入)し、浮ついた気分を払拭した、かなりしっかりした足取りで目指したのは、トイレットである。女子大に来て、まずすることは生理現象としての排便。
しかし、女子大だけあって男子トイレの割合が低いのか、男子トイレが見つからない。「あった」と思ったら、スカートをはいた女子トイレマークである。そこはトイレサイドも僕サイドも、相互に求め合ってはいない場所だ。
やがてどうにかこうにか男子トイレを探り当て、わき目も振らずに個人ブースに飛び込み、自分の時間を楽しんだ。響き渡る各種のサウンド。僕の生きる道。

5分が経った。そこには、すがすがしさを感じる僕がいた。女子大の校舎を吹き抜ける風は、本当に爽やかだ。
ハウメニーお花たちよりもっと基本的な設備が、僕を癒してくれたのである。マジで、トイレット、最高。

#032 - 11/12/2004 [Fri] 19:45

ザ☆僕がやったんじゃないんだぁ!

PIXUS MP370

以前から欲しかったプリンタ複合機を買った。PIXUS MP370 だ。一世代前の機種なので、思いの外安かった。
これで僕もヂル先生利根川君のように、自作のマンガや詩集(死臭)などを公開出来る。
喜び勇んでデジカメに入っていた画像を印刷したり、ムダにコピーをとってみたり。うわー、スゴイ。複合機ってベンリだなぁ。ひとしきり機能を試すのだ。

しかし、やがて訪れるむなしい気持ち。男性諸君に対して解りやすく言えば、自慰行為(性行為)直後に近いこの気持ち。
確かに僕は欲しくて買った。買って満足した。でもなんだろう、この「別に買わなくても良かったんじゃないか」的な、後悔に近い気持ちは。

実はW21Sに機種変更したときも、直後に「別に今までのでも良かったんじゃないか」とか思っていたのだ。だが、今日の大学の帰りに「機種変更してヨカッタなぁ」と漠然と思ったので、きっとそのうちこの複合機に対しても活用するうちに「買ってヨカッタなぁ」と感じるだろう。そのときを待ちたい。
というワケで、僕の描く伝説のマンガ「がんばれ! ムラヤくん(高校時代に連載終了)」を楽しみにしていただきたい。えっ!? 楽しみじゃないって? もぅ、そんなことは言いっこナシだゾ☆

久しぶりに更新したというのにこんな内容。

#033 - 11/13/2004 [Sat] 03:23

空気の熱でお湯を沸かす時代が到来したというのに

バイト先(マック臭)から帰宅したので、この臭きカラダを禊(みそぎ)しようと全裸になり、お湯の蛇口をひねった。

しかし出るのは冷水ばかり。たった今のこと。

以前もこういうことがあった。フロに入ろうとしたらお湯が出なかったのである。
あの時はガスの元栓のところがどうにかなっていて、ガスが供給されていなかったのだ。ガスが通らなければお湯も出ない。どうにかなっているガスの元栓のところが格納されている箇所にはトビラがあり、そのカギを管理しているのは大家だった。大家に事情を話してカギを受け取り、どうにかなっている元栓を何とかした。そうしたら無事にお湯も出た。
恐らく今回も、ガスの元栓のところがどうにかなっているのであろう。今夜は一晩休み、夜が明けたら大家のところに走って、ガスの元栓のところのトビラを開けるカギを手に入れてこようと思う。そしてどうにかなっているであろう元栓を、何とかするのである。

なんというか、ちょっとした RPG きどり。だがカラダから漂うのはマック臭。

#034 - 11/15/2004 [Mon] 04:36

3歳児

バイト(マック臭)をしていると、東京都足立区という地域柄(*1)、アレな客によく遭遇する。

マックグランという商品がある。残念なことに、ごく一部の足立区民は、この商品名「マックグラン」をうまく発言できないのである。
「いらっしゃいませ、ご注文をどうぞ」と我々はオーダーを促し、客はこのマックグランをセットで欲している。その旨を、客は我々に伝える。

「コレください、マックグランセット」。

マクドナルドでは現在、グラタンの販売はしていない。また、体言止めなのが癇に障る。

なんという識字率の低さ、なんという教育レベルの低さ。パンとも肉ともつかないものを指差し、どうして「グラタン」と発言できるのか。3歳児か。
仮に日本が独裁国家となり、人種隔離政策などが施行されたとする。その場合、一部住民のこうした横暴によって真っ先に我々足立区民の人権は剥奪されるのであろうが、仕方のないことである。僕を含む足立区民は収容所に押し込められ、全裸にされ、猛犬をけしかけられるのだ。
そういった、あらぬ妄想をせざるを得ないほど、僕の働くバイト先(マック臭)はアレな客に満ち満ちているのである。やれ「マックグラン」だ、やれ「フィフィッシュ」だ、やれ「単品で、ダブルチーズバーガーセット」だ。そんな矢継ぎ早にボケられても突っ込めないっつーの。

まもなくグラタンコロッケバーガーことグラコロの販売がスタートするが、この足立区で、マックグランとグラタンコロッケバーガーとを混同する客が現われてしまうことが懸念される。

(*1) スラム街。

#035 - 11/16/2004 [Tue] 03:53

「ヨンさま」ではなく「ペさま」だ

小学校時代の友人であるサカイ君(仮名)の家にあるセロハンテープ台には、マジックで大きく「みなさんお元気〜?」と書かれてあった。

サカイ君(仮名)が僕の笑いの源泉のひとつを創出した人間であることには、読者の誰もがうなずくところであると思うが、「みなさんお元気〜?」はその中でもかなりのウエイトを占める。
なんというか、本当に意味が解らない。シュール。「シュール」って言えば面白いと思っているゲイニン以上にシュールである。
しかし、どことなく面白い。当時は確か小学校3年生くらいではあったが、そのセロハンテープ台の面白さを咀嚼していた。サカイ君(仮名)の家人はそれを当然のように使っていた。その光景がまた面白く、今でも脳裏に焼きついている。

僕も負けじと『うたはともだち』(音楽の教本)の裏表紙にマジックで大きく「」と書いてみたが、先鋭的すぎたのかサカイ君(仮名)をはじめとする友人たちには受け容れてもらえなかった。

それ以来、潜在的に「様」という漢字を避ける人生を送っている。「様」という漢字に対するトラウマである。
つまり、僕の場合「ヨン様」ではなく「ヨンさま」だ。

#036 - 11/19/2004 [Fri] 04:09

おさかなTENGOKU

バイト先(マック臭)の仲間で、以前、カラオケに行った。

バイト仲間(マック臭)に『おさかな天国』を歌わせたところ、未曾有の惨事に発展した。「♪さかなさかなさかなー」の部分の音程がほぼ一定で、それに続く部分も「何これハモリ?」という疑念を禁じえないほどのアレだったのである。
そしてその場に居合わせた彼女(負けじと奇才)がファインプレーを繰り出し、ケータイの録音機能を用いてその惨事を克明に記録したのであった。そういう瞬間に居合わせたときの彼女は、本当に機転が効く。
その後、何度かその惨事を彼女のケータイから呼び起こしては反芻し、黙祷を捧げた。悲しいが、その『おさかな天国』は、本当の意味での天国なのだ。天国というか地獄というか彼岸というか…。

ところが、せっかく記録された史料(死霊)としての惨事の模様は、ケータイの修理の際、本当に天国へ召された。
彼女がジョグダイヤルの不調を訴え、ドコモショップに修理に出したのだ。その際に機種が交換され、録音データなどのメモリは移されなかったようだ。大変に残念である。
そういえば、僕が機種交換した際に前機種で購入したアプリも、新機種には移行されなかった。僕がおカネを払って買ったのであるが。僕がおカネを払っ(略)

どうやらケータイに記憶されている情報というのは、電話帳以外は大したものではないらしい。だから電話帳以外のデータは、機種交換の際に移行してもらえないのだろう。
ケータイ会社は電子マネーをつけたり機能の強化に忙しいようだが、そんなことよりユーザの持っている情報を大事にしてくれた方が、ユーザはありがたく感じるのではないかと思う。せっかくキレイに撮れるカメラがついてるのに、それで撮ったキレイな画像が機種変更のおかげで前機種に置き去りになってしまうのは、ちょっと悲しい。

思いがけず文章の最後がマジメな感じになってしまったので、仕方ない、「うんこ」とでも書いておくか。うんこ(亀)。

#037 - 11/20/2004 [Sat] 03:32

有名な方なの?

プリンタ複合機を買いに秋葉原に行ったときのこと。

マヌケ面を引っさげて多くの店を回りながら「オレってばアキバ系だなぁ」と思いつつ目的の商品を物色している最中、路上に人だかりが出来ているのを目撃した。その日は日曜日だったし、路上ライブが催されていたのだ。
人だかりに近づくにつれ、路上ライブを行っているのは女性だということが解った。カメラ小僧もいる。カメラ小僧のジャマになって刺されたりするのもイヤなので遠巻きに見ていたのだが、その遠い距離が災いしたのかその女性が誰なのかまったく解らない。だが、アイドル的な雰囲気だ。
やがてその女性が歌を歌い始めた。この曲、聴いたことがある。Do As Infinity かなんかの曲だった気がする。マジでか、マジで伴都美子か、と思い、歌っている女性とその上に設置してある横断幕に目をやった。

「優木 まおみ 路上ライブ」

どこまで近づいても、結局誰だか解らなかった。

なんというか、誰だか知らんが頑張ってください。僕はとりあえず応援します。

#038 - 11/21/2004 [Sun] 03:13

さよなら、めがねサラリーマン

さて、各方面に旋風を巻き起こしたアイクのCMだが、僕がこのサイトで取り上げた直後に、当たり障りのないCMに刷新された。なんだ、単なる偶然と思いたいが。
新しいCMは、プロミスやアコムなどのような女性社員がホゲホゲ言うタイプの、いわゆる消費者金融のCMテンプレートにのっとったものである。新しいCMを目にした読者も多いだろう。
同時に、アイクのオフィシャルサイトのトップからも、あのめがねサラリーマンが消えた。今では女子社員が、プロモーションスマイルで何かをささやきかけている。恐らく「返済期日が過ぎました」だろう。

こうして、僕の願いは叶った。
新しいCMは当たり障りのないものなので、まったくカンに障ることはない。他の消費者金融のCMを踏襲したステレオタイプさがやや煙たいが、以前のCMよりかは好感が持てる。そうそう、こうすればヨカッタのだよ。

だが、何かまだ煮え切らない。この気持ち、ガッテンしていただけますか。

#039 - 11/23/2004 [Tue] 08:01

呼び起こせ、熱きハート

『RPGツクール2』という、スーパーファミコンのソフトがある。自分でRPG(ドラクエみたいなの)をつくれるソフトである。
僕はゲーム作家になる夢が過去にあったので、そのゲームを中学当時に購入し、いろいろつくっては遊んでいた。寝食を忘れて没頭していた。

ふと、その自分でつくったゲームがやりたくなり、自宅の奥から引っ張り出して、プレイしていた。さすがに中学当時につくったモノなので、内容がアレだ。ヘンに家族愛とか語っているのが恥ずかしい。
その家族愛を語ったゲームをつくった記憶はあったのだが、カートリッジに刺さっていたメモリーパックに、つくった記憶のない『シュニンニンヂン』というタイトルのゲームが記録されていた。こ、コレは…! 以下内容。

主人公は“シュニン(*1)”。シュニンのグラフィックは半裸。シュニンの家のタンスには、“ところてん(*2)”と“ところてんDX(*3)”が入っていた。
家の外を歩いているバニーガールに話しかけると、「ドラえもんの みょうじは “ドラ”よね〜?」(はい/いいえ)とか話しかけられる。どう答えてもゴールドを盗られる。
街の人は“モリマン(*4)”におびえている。モンスターにも“モリマンのペット”などがおり、その影響力が大きい。街の人が「モリマンに あった。 おおきく なってた。」とか話していた。
また、街の人が「みなみの たいりくには せかいの エンターテイナーが いるよ」などと話していたが、南の大陸が製作されていなかったので、エンターテイナーには会えなかった。
街の犬に話しかけると、「ココは パラダイスッ! ヒガシイコウ(*5) だーゼ〜! H! I! G! A! S! H! I! I! K! O! U! だーゼ〜!」と答えた。

なんというか、中学当時のセンスに脱帽。22歳になって老化した脳では、もうあのときのみずみずしい感性を表現することは出来ないだろう。
しかし、また久々にRPGをつくりたくなったので、社会人になる前に学生時代の集大成として、このゲームの完全版をつくりたいと思う。恐らく『RPGツクール2000 VALUE!』を購入してつくると思うので、完成した暁にはこのサイトで公開(後悔)して、読者の皆さんにもプレイしていただきたく思う。そのときはぜひ。ホントに!

(*1) 中学当時、“主任”というあだ名の友人がいた。
あだ名の由来は、動くときによく「シュッ」という効果音をつけることから、シュ人(にん)→主任。
(*2) 世界地図だった。一度使う壊れた。
(*3) 世界地図だった。何度でも使えるところが“DX”であった。
(*4) 北海道発のお笑いゲイニン。こちらに詳しい。
(*5) 東京都足立区東伊興。“主任”のリアル居住地。地図

#040 - 11/24/2004 [Wed] 23:31

愛されて5,000アクセス(そう思わせて)

千葉(千葉県)と三鷹(東京都)を結ぶJR総武線に乗っていたときのこと。僕は、千葉方面から東京方面に向けて乗っていた。

市川から僕は乗り、小岩、新小岩、平井と、都心に近づくにつれ、乗客は増えていった。
やがて電車は両国に滑り込み、けったいな女子高生ふたり組みが乗ってきた。うるさい。なんか「コレから帰るのかったりぃモジャ〜」とか言っていた。
電車は次の駅、浅草橋に着いた。それを受けた女子高生ふたり組みは、「つーか逆方向じゃないコレ?」と言い出した。帰宅を示唆していた彼女らが都心方向に向かっているのはおかしいなと、僕も思っていた。

女子高生ふたり組みは浅草橋で降りていった。
「コイツらなんで? アタマおかしくない?」と、乗客に罵声を浴びせつつ。

強烈な逆ギレを目の当たりにした僕は、ムカつくというよりちょっとした感動を覚えた。

#041 - 11/25/2004 [Thu] 21:05

心の汗

連続して電車ネタなので申し訳ないとは思うが、それでも事実として僕は都営地下鉄大江戸線に乗った。

都営大江戸線は、地下のかなり深いところを走っている。駅入口から階段を下りていくと何度も踊り場を経なければならず、「アレ、コレってドラクエでいう無限ループ? リレミト覚えてねーよ」と思い始めたころにようやく改札口を見出す。
地下の深いところを走っているので圧迫感が強烈である上、大江戸線の車体はかなり小さくて車内の天井は低い。これにより圧迫感がとてつもないことになってる。さらにはこの路線は一切地上区間がなく、冗談抜きで息苦しくなる。

というワケで僕は、赤羽橋駅から大江戸線に乗車した5秒後、吐しゃ物が食道を駆け上がる感覚に見舞われたのである。駆け上がる吐しゃ物を寸でのところで押さえ、心の汗こと涙を目にためた。

さて、背の高い人間にはみな憧れるだろう。僕も身長は 167cm と決して高くないので、背の高い人間には憧れた。無責任に「いいなあ」と言ったりもした。
しかし背の高い彼らにとっては、すべての地下鉄車両が都営大江戸線なのではないか。きっとあらゆる地下鉄に乗るたびに、「天井低いな」と感じているハズだ。
だとすると、彼らは地下鉄に乗っているときはいつでも、吐しゃ物が食道を駆け上がっているのではないか。

そう考えると、背が高い人間は大変であると思う。地下鉄に乗るたび、心の汗をかく。

#042 - 11/26/2004 [Fri] 19:37

SoNoBa-ShiNoGi

「ムチャ言うな!」と言われたい。

突飛なことを思いついて話し、場にいる人間に「ムチャ言うな!」。
あるいは、「オレひとりで、アイツを助けに行く!」と宣言して「ムチャ言うな!」。
いずれもポジティブなポテンシャルを秘めた「ムチャ言うな!」である。やがて「ムチャ言うな!」と言われた僕は、その「ムチャ」を可能にする。
困難を克服したことを目の当たりにした彼らは、「さすがはみたむらだぜ…」と言い、予定調和のごとく東の空に朝日が昇るのである。もう「ムチャ言うな!」とは言わせない。

結局のところ、僕は「ムチャ言うな!」と言われたいのか、言わせないのか、解らなくなった。

要は、このところ更新してもアンテナに反映されないのはなんで? ということを言いたいのです。ついにweb上のシステムからもシカトされ始めました。

#043 - 11/27/2004 [Sat] 05:07

無政府・無秩序

姉と、今年の紅白歌合戦について話していたときのこと。

「あ…もう紅白歌合戦の出演者が発表されたんだ」と、中学生の頃のような「今年は誰が出るのッ!?」的な盛り上がりを、僕はもう持ち合わせてはいなかった。
「オッサンになったのかなぁ」と僕は言い、年齢を重ねるにつれそういうのがどうでも良くなっていることを嘆いた。姉も「オッサンだね」と断言して、さらに「マツケンサンバくらいしか興味ないよね」と続けた。
それはどうかと思いつつも何となく同意した直後、姪(春から幼稚園)が「“キョウミ”ってなあに?」と聞いてきた。

姉はすかさず「キョウミって、マツケンサンバのことだよ」と言い放った。いいのか。

僕は姉に「それはちょっと…」と暗に発言の撤回を求めたが、姉は「我が家のモットーは“テキトウ”だから」と意に介していない様子だった。
僕が思うに、姉の発言は「適当」の概念を超えた、ちょっとした虐待である。ココにも見た、アナーキー・イン・ジ・足立区。

#044 - 11/30/2004 [Tue] 03:39

取り壊された我が家

以前僕は、大変に古い木造の家に住んでいた。そのため、大家の意向で僕が大学1年の時に自宅は取り壊され、マンションに引っ越すことになった。

重機によって取り壊される、僕の愛した自宅。そこまで思い入れがあったかというと正直微妙なところだが、やはり重機で取り壊されるさまには心苦しいものがあった。
台所が取り壊され、僕の部屋のあたりも取り壊され、やがてトイレが取り壊され、もうどこが何の部屋だったのか解らなくなるほど、自宅はグチャグチャに壊された。もう、何が何だか判別できなくなっていた。それは悲しい光景だった。

しかし、どういうワケか自宅の便器が撤去されずにしばらく廃材の上に載っていた。それだけがハッキリ解った。

グチャグチャの廃材の上に、こうこうと輝く便器。帰宅中の小学生もユビをさして笑う。
自宅を取り壊した業者の意図が解らない。なんでそんな辱めを、一家で受けなければならないのだ。「ああ、あの便器に座って用を足したなぁ」とか、センチメンタルな気持ちになると思ったら大間違いだ。心には疑問符しか生まれなかった。

建築物を取り壊している光景を目にすると自宅の取り壊しを思い出し、すかさず便器が廃材の上に載っているかと凝視するが、もちろん答えは No である。ホントにあのときの業者の意図が見えない。

#045 - 12/01/2004 [Wed] 03:38

荒木とよひさ先生、ごめんなさい

気が付けば12月である。ハタチをすぎると本当に時間の経過が早い。早いというか速い。やはりオッサンになったのか。
12月となり、名目上も気持ちの上でも本格的な冬が到来した。僕は冬がスキなので、「ついに」といった風情である。

冬を愛する人は 心広き人
根雪をとかす大地のような ぼくの母親

ムダに『四季の歌』の一節を引用してみたが、僕の母親は「コレ美味しいねぇ」と晩ゴハンのおかずをほめると、3日くらい連続してそのおかずを出してくるような母親である。
そして、いちいちこんなことを書く僕の心の広さは MD くらいだ。

図らずも、「『四季の歌』テキトウにつくったんじゃねぇのか説」が浮上。

#046 - 12/03/2004 [Fri] 04:21

城が動くにもほどがある!

映画『ハウルの動く城』を観てきた。
城の奔走をこの目でしかと観るにあたり、大学近くのシネコンを利用した。僕らは上映前にシネコン内にあった駄菓子屋で駄菓子を買い、城の奔走に臨んだのである。

僕は無性にこんぺいとうを食べたくなったので、こんぺいとうを手に取った。すると彼女が「アレ、こんぺいとうなの? アメとかキライじゃなかった?」と言い出した。
おいおいカウガール、こんぺいとうはアメとは違うじゃないか。こんぺいとうはガリガリと噛み砕き、その食感を楽しむものなのではないか。アメのようなかったるい食物と、一緒にしないでくれ。

僕はクチの中にモノを含み続ける行為を好まない。
ガムは「噛み続ける」という動作を推奨するものなのでクチの中に含み続ける行為にも耐えうるのだが、アメはただクチの中を右往左往させるだけのつまらない食物である。だからアメはあまりスキではない。右往左往するのはハウルの城だけで充分だ。
しかし、こんぺいとうはガリガリと噛み砕き、飲み込む。その強固な物体を噛み砕く行為に、僕は漢(おとこ)を感じるのであって、こんぺいとうがスキなのである。あとあのシンプルな味もスキだ。ハウルの城よりも激しく、アゴが動く。

「でも、ココ(なんか外装に記載されてる表)に『キャンデー』って書いてあるよ。『キャンデー』って!」。
ホントだ…! 「名称 キャンデー」だ…!

こんぺいとうは、アメの一種でした。
あと奔走する城に夢中で、3粒くらいしか食べませんでした。

#047 - 12/06/2004 [Mon] 02:43

判断

深夜、片側2車線の国道は道路工事の影響で渋滞していた。

僕はチャリにまたがり、国道と交差する道路の信号が青になるのを待っていた。国道の信号は当然青で、クルマが2車線をフルに使って通行していく。
しかし、交差点の 100m ほど先で道路工事をしていて、みるみるクルマは列を作っていった。列の末端は交差点まで延び、トラックが一台交差点の中央に停止してしまった。
やがて国道側の信号が黄色になり、交差点中央のトラックは取り残された格好になった。国道を横断するクルマのジャマになってしまうことは避けられない状勢である。

すると、交差点に取り残されたトラックはすぐにウインカーを点け、右折信号の点灯と同時にその交差点を右折していった。国道を直進するハズだったトラックが、である。

クルマをよく運転する人にとってそれは常套手段だったのかも解らないが、僕にとってその判断は目の覚めるものであった。非の打ち所のない判断である。感動した。
仮に僕がクルマをよく運転するようになったとしても、その光景を目の当たりにしないでいたなら、恐らくそういう判断は死ぬまでに思いつかなかったであろう。僕の引き出しに、そういう判断に至るだけの発想はない。
そのトラックを運転していた人が操作したことは、ただ何となくクルマを運転し続けて体得した技術とは思えなかった。そういうことが普通に出来ないと、トラックの運転手とかにはなれないのだろうか。

漫然と信号待ちをしていただけだが、なんだかいい勉強になった。

#048 - 12/07/2004 [Tue] 05:27

Cross the world well

レポートを書いていた。

教授の書いた本を読み、それについての意見を求めるといった、全国数万人の大学生が「かったりー」「印税で教授丸儲けじゃねぇか」「マジ教科書代に3,000円とかありえねぇ」と唱和するような内容のレポートであった。
また、この本のつまらないこと、つまらないこと! 思わず2回言ってやった。こんな本読むなら、労働白書とか区議会だよりとか読んだ方がまだ面白い。
文才を微塵も感じさせないような内容の本を読むことは本当に苦行で、途中でリトル吐しゃ物が涙腺を刺激しつつ食道を駆け上がったが、何とかこらえた。

そして僕は読破を放棄した。

さて、この本を読まないとレポートは書けない。どうしたものか。
次の瞬間、僕は自分の書いた過去のサイトの文章から、それっぽいものを引っ張り出し、コピペ(逆から読むとペピコ)していた。そしてその文章をさらにそれっぽく書き直した。
ちょこっとだけ読んだ本の内容にも、差異のない文章にはなっている。web上にあるとは言え自分の文章なので、著作権的にも問題はない。

レポートは完成した。芸が身を助けた瞬間である。ホント、文章のサイトやっててヨカッタなあ!(亀)(亀?)

#049 - 12/10/2004 [Fri] 04:23

小学生ってなんでこんなばかなんだろね

(*) 今回の話はかなりダイレクトなシモなので、食事を摂ろうとされている方、特に形状が大便に類似している食物を摂ろうとされている方は、また別の機会にご覧ください。

小学校3年か4年のころ、帰りの会(下校前に催されるホームルーム)で血祭りに上げられたことがあった。

その日の給食はミートソーススパゲティだった。人気の高いメニューである。
僕はサカイ君と並んで給食を配膳していた。サカイ君はミートソースがパスタの上にデコレーションされるさまを見て、ポツリと「ゲリスパ」とつぶやいた。
「下痢スパ」である。

僕はそれを聞きテンションが上がり、「ウォウ(Wow)、ゲリスパ」と言ってみた。小学生にありがちな反応である。サカイ君は半笑いだった。
思えば、サカイ君よりも大きな声で言ってしまったこと、コレがいけなかったのである。

ゲリスパ発言のことなどすっかり忘れた帰宅間際、帰りの会でひとりの女子が挙手した。
「今日の給食の時間、みたむら君がとてもイヤなことを言いました」。ていうかオマエ給食のときはゲリスパ発言に対して素だったじゃねぇかよ。

その後の顛末は読者の想像通りだと思われるので、あえて記しない。
だが、先生の「みたむら君、何て言ったの?」の質問に対して「ゲ、ゲリスパ…です…」と児童の前で再発言しなければならない屈辱に、思いを馳せていただきたい。

このときもサカイ君は、ただ何となく笑っていた。

#050 - 12/10/2004 [Fri] 19:30

やっと50回目

大学の帰り道、だいぶ前にバイト先(マック臭)を辞めた人に会った。
彼とは同じ電車に乗っていたらしく、途中の駅から下車駅まで一緒に帰った。彼(男前)はいま老人介護の仕事をやっていて、その仕事からの帰路だったそうだ。以下、そのときの会話。

僕「駅から家まではバスとか?」
男前「いや、チャリです」
僕「チャリか〜、大変だね。どこに停めてるの?」
男前「え〜と、なんつーか…、線路沿いの…」
僕「…?」
男前「…みんなと違うところです!
僕「そうか…。よく解らないけど、人知れずか!(?)」

そこまで漠然とした答えを提示された僕は、「みんなと違うところ」に停めたチャリのもとに戻る彼に対し、50兆ドルの笑顔で「じゃあ、がんばって!」と言うことしか出来なかったのである。

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